「ホルモー」シリーズなどで知られる万城目学さんが約16年ぶりに原点・京都を舞台に紡いだ最新作『八月の御所グラウンド』が8月3日(木)、ついに刊行になります。
死者と生者の奇跡のような邂逅を描いた、感動の青春小説となった本作。
刊行に先立ち、本作の魅力を皆さんにいち早く感じていただくべく、表題作「八月の御所グラウンド」の冒頭を先行無料公開します。
彼女にフラれ上、借金3万円のカタに、早朝の御所G(グラウンド)で謎の草野球大会に参加する羽目になった京都の大学生・朽木が出会った、“出会えるはずのない彼ら”とは――。
マキメ節全開の可笑しさでスタートする冒頭部分をお楽しみください。
八月の敗者になってしまった。
蟬の鳴き声がしゃあしゃあとやかましく降り注ぐ鴨川の河原沿いの道を、自転車に揺られて下(くだ)りながら、俺は痛感した。
本当ならば、川は川でも、四国にある四万十川で涼しげにカヌーを漕いでいるはずだった。
でも、俺は京都にいる。
なぜか。
彼女にフラれたからだ。
二人の関係が途絶した。彼女の実家がある高知に遊びに行く理由がなくなった。自然、楽しみにしていた四万十川の清流に浮かぶリクリエーションの機会も消滅してしまった。
かくして、俺は京都に取り残された。
気がつけば、まわりから人が消えていた。多くの者は実家に帰った。残りの者はフェリーにバイクを積み、北海道を目指した。就職前の最後のチャンスだからと、自動車教習所の合宿へ向かった。カンボジアにアンコール・ワットを見に行った。企業のインターンに参加すると東京に連れていかれた。
誰もが京都から脱出した。
賢明な判断だと思う。
八月を迎え、京都盆地は丸ごと地獄の釜となって、大地を茹で上がらせていた。百万遍(ひゃくまんべん)の交差点に立つと、あまりの暑さに信号が、大学のキャンパスを囲む石垣が、コンビニの看板が、ゆらゆらと揺れていた。学食で中華丼をかきこんでいたら、後ろの席で女子学生が、鴨川べりで座っていたら蜃気楼が下流のほうに見えた、京都タワーが浮かんでいた、と語っていた。
2024.02.01(木)