しかし、多聞は五回生の留年野郎だ。四回生までほとんど学校に行かず、祇園バイトに精を出しつつ、ふらふらと過ごしてきた。いちおう研究室に所属してはいるが、実質、幽霊学生をこれまで続けてきた。

 卒業するためには、幽霊から人間に戻り、卒業論文を書かなくてはならない。卒論の完成には、実験をサポートしたり、助言を与えたりしてくれる、研究室のメンバーの協力が不可欠だ。されど、頼りになるはずの同期の友人たちは軒並み卒業し、まわりは知らない後輩の四回生ばかり。そこで多聞、内定ゲット後は足繁く研究室に通い、後輩や院生たちの実験機材の清掃を進んで手伝い、心を入れ替えたことをアピールし、ひたすら周囲からの好感度をアップさせることに努めた。

 すると、その働きぶりが目についたのか、教授から「おい、多聞君、メシに行くか」とじきじきに声をかけられた。

 これは好機と、多聞は学生食堂にて企業の内定をもらったこと、ついては何としても来年卒業したい旨を直訴した。

 きしめんをすすりながら、黙って話を聞いていた教授だったが、

「君のような男が、三年か四年にひとり、決まってウチに入ってくる。はっきり言って、僕は嫌いなんだ。君みたいな、勉強しないくせに、いいところだけ取っていこうとする怠け者が。この時期になって研究室に現れ、得点稼ぎに励むところまで、皆いっしょだよ――」

 すべてお見通しとばかりに器を置き、ため息とともに口元を拭いた。

 指紋でベタベタに曇った面の広いメガネのレンズの奥から放たれる、曇りなき眼差しの、その鋭さと冷たさに、思わず多聞は箸に挟んだチーズカツを取り落としそうになったが、そこで教授は急に表情を柔らかくした。

「ところで、多聞君、僕のお願いをひとつ聞いてくれないか――」

 ふたたび器を手に取り、きしめんの残り汁を飲み干してから、教授は多聞に向かって、「お願い」なるものの中身について説明した。

「これは交換条件というやつだよ。もしも、僕のお願いを聞いてくれたなら、君に卒論の材料をプレゼントしよう。どうせ君は、卒論のテーマも決めかねているんだろ?」

2024.02.01(木)