それが俺の第一声だった。

 記憶をたどるに、多聞と会うのは五月の終わりに百万遍の串カツ屋で飲んで以来、およそ二カ月半ぶりということになる。

 坊主頭よりは少し伸びた短髪に、ほのかに無精ひげを生やす多聞の大きな顔は真っ黒であった。

「最近、毎日、プールに通っている」

 Tシャツの袖からのぞく、ムラなく日に焼けた太い腕を多聞はさすった。

「プール? ひとりで?」

「いや、彼女と」

 多聞はバイト先のクラブのママさんと付き合っている。確か、ママさんの年齢は二十九歳だ。ママさんには、形式上付き合っている金持ちの男性がいるのだという。でも、多聞とも付き合っているのだという。

「今日って、お前の奢りだよな」

 席に着く前に改めて確認すると、「朽木に相談がある」と多聞はうなずきつつ、メニューを広げた。

「彼女がらみの話か?」

 妙な関係だとは思いつつ、何だか祇園のおっかないところに触れてしまいそうで、彼女の話は深く掘り下げることなく、前回の串カツ屋会談は終了していた。

「教授がらみの話だ。研究室のことで、ちょっと聞いてほしいことがある」

「俺は文系だから、理系のことなんて全然わからんが」

 多聞は理系学部に所属する五回生だ。学年は俺よりもひとつ上だが、年は同じ。つまり、彼は現役で、俺は一浪したのち、同じ大学に合格した。

「ビールでいいよな」

 俺が向かいに座ると、多聞は手を挙げて店員を呼び、矢継ぎ早に飲み物と肉を注文した。

「そう言えばお前、四国に行くって言ってなかったか? ダメ元で連絡したら、京都にいたから驚いた。彼女にフラれたか?」

 おそろしいほど核心を突いた指摘に、クーラーが利いた店内に入り、やっと引いてきた汗がまたじわりと滲(にじ)んでくる。

 その後、運ばれてきたうまそうな肉を焼きながら、相手の相談を受けるはずが、なぜか俺が彼女にフラれた顚末(てんまつ)を語ることになった。多聞は大きな目をぱちくりさせつつ、要所要所で「おうっ」「おうっ」と妙な合いの手を入れ、俺の話を聞いた。

2024.02.01(木)