映像化にあたり特に注目すべきは彼の“汗”

 その後、成長したベートーベンは卓越した音楽の才能で聴衆を虜にしていくのだが、自信に満ちた表情(そして華麗な鍵盤さばき)はきっちりアップで、美しい身のこなしは引きで、耳の不調を感じ始めるシーンはまたアップで――といった具合で、完全に観客心理を理解した構成になっている。

 そして、音の表現。劇場版は「映像・音声ともにスクリーン用に編集・ミックスを施した」という触れ込みだが、歌唱シーンの迫力はもちろんのこと、ルードヴィヒの状態を追体験するような仕掛けが施されているのだ。難聴が悪化し、周囲の音がくぐもって聞こえてしまうルードヴィヒ。舞台では音声にエフェクトをかけて実際に聞こえにくい状況を創り出していたが、劇場版ではよりその度合いを強め、ルードヴィヒの絶望を理解しやすい環境を提示する。映画『ミッション:インポッシブル』『007』シリーズ等でも使われたような映画的音響演出であり、スクリーンでその効果はより発揮されるだろう。

 物語的には、ここからは激動の連続。ルードヴィヒの序盤の見せ場となる歌唱シーンでは「奪われてなるものか、絶対に」「ふざけるな! いくらでも邪魔してみろ」と髪をかきむしりながら絶叫し、演奏会の準備に没頭する中村の鬼気迫る演技がとかく凄まじい。しかも福士を交えて“歌いっぱなし”状態になり、「月光」をバックに「僕が何をした!」「あまりに残酷じゃないか!」と泣き叫ぶ。多くのファンを擁する中村だが、ここまでボロボロになり叫びまくる姿は初めてという方も多いのではないか。しかもこれ、大体開始から20~25分くらいの間で起こること。つまりあと100分、この熱量が続くのだ。クライマックス級の激しいシーンを序盤に持ってくる『ルードヴィヒ~Beethoven The Piano~』。相当のスタミナがなければ、息切れしてしまうことだろう。

 ここで劇場版ならではの要素として注目したいのは、汗。いま挙げたシーンでは中村のアップが観られるのだが、その顔は汗だくで、いかに体力・精神的に消耗するシーンなのかが一目瞭然。しかもただセリフを言うだけではなく歌い続けているわけで、映像によってより強まった極限の熱演になぎ倒されることだろう。物語の中盤ではさらなる試練に襲われ「音楽がやりたいんだ」「僕の耳を返してくれ!」と虚空に向かって訴えるルードヴィヒ。その絶望の淵で、彼は自分の中に音楽が鳴っていることに気づく――。劇中屈指の名シーンだが、「俳優・中村倫也」のイメージが書き換わるレベルの鮮烈さだ。

 この先の展開は観てのお楽しみということで詳細は省くが、後半も怒涛の勢いで試練と絶望が畳みかけ、ルードヴィヒの理解者マリーをめぐる切ない物語も明かされていく。地面に座った状態ですらどこまでも伸びやかな木下の歌唱力は、流石の一言。両者の意見が食い違い、歌でぶつかり合うシーンも用意されており、中村と木下が共演した『アラジン』のファンには嬉しいところ。そして、「運命を受け入れた」ようでいて呪縛からは逃れられないルードヴィヒの狂気、彼に飲み込まれていく甥カールの苦しみ――。複数人物を演じ切った福士の表現力もますます冴えわたり、中村との喰い合うような演技の衝突が繰り広げられていく。あの誰もが知る楽曲の創作秘話も明かされ、クライマックスに至るまで観客に衝撃を与え続ける。

 最後に少しだけ筆者サイドの話をさせていただくと……。中村倫也氏とは2020年の映画『水曜日が消えた』での対談以降、本作のパンフレット寄稿等、縁あって様々な仕事をさせていただいてきた。当然その過程で彼の出演作を多く鑑賞してきたのだが、そうしたファン目線をもってしても「本作での中村倫也は本当に凄い」と鳥肌が立ってしまったことを、付け加えさせていただきたい。舞台版を2度、劇場版を数回観賞したが、毎度感情を持っていかれてしまう。やはりそれだけの“力”が、本作には備わっているのだ。

MUSICAL『ルードヴィヒ ~Beethoven The Piano~』

2023年2月24日(金)~3月9日(木) 新宿ピカデリー
2023年2月24日(金)~3月2日(木) 札幌シネマフロンティアほかにて上映

上映映画館詳細
https://musical-ludwig.jp/movie.html
© MUSICAL『ルードヴィヒ』製作委員会

2024.01.02(火)
文=SYO