「これは……あなたのお母さん?」。

 海外でバズった動画には、人気歌手ピンクが戸惑う姿が映っていた。イギリスでのコンサート中、ファンがステージ上のピンクに自分の母親の遺灰を投げつけたのだ。「どう反応すればいいかわからない」。

 なんとも非常識な話だが、危険がなかったぶん幸運だったかもしれない。

スマホ、飲料水…コンサートで「物投げ」被害が広がる

 2023年は、洋楽スターが恐怖に包まれた年だった。コンサートで、観客が演者に物を投げる迷惑行為が急増したのだ。今夏、日本ではフェスでの痴漢が問題化したが、アメリカでは「物投げ」が警察沙汰に発展している。

 6月、歌手ビービー・レクサのニューヨーク公演中、観客の男が勢いよく投げたスマートフォンが彼女の顔面に直撃、男は逮捕された。病院に搬送されたレクサは左目が紫色に腫れあがる怪我をした。

 翌月には、ラスベガスの野外ライブ中に飲料水をかけられたラッパーのカーディ・Bが激怒し、マイクを投げ返した。しかしまったく別の客にあたってしまったようで、被害届を提出される事態にいたった(さいわい立件されず)。

「アメリカではショーのエチケットを忘れ去った人たちがステージに物を投げてるみたいだけど……私にそんなことするようなら殺すわよ」。

 テイラー・スウィフトやレディー・ガガなど、幾多のスターたちの被害が報告された夏頃には、英国出身歌手アデルがジョークまじりに事前警告するほどの状況となっていた。

なぜ観客のマナーはここまで悪化したのか

 もちろん、アメリカでも、このような危険行為は常識はずれのマナー違反。それゆえ、何故ここまで状況が悪化したのか、議論が白熱した。

 第一の仮説は、コロナ禍を挟んでマナーが悪化したというもの。ロックダウンが解かれて以降、迷惑行為の急増はコンサートに限らず、病院やレストランでも報告されていた。映画館にしても同様のようで、劇場で打ち上げ花火を放ったり乱闘したりしたティーンたちの逮捕劇の報道が続いている。

 マナー悪化の要因には、パンデミック下で蓄積されたストレス、とくに若者のあいだで「青春を奪われた」という鬱屈した思いが強いこと、そして対面交流が激減したことにより「誰に何をやってもいい」というインターネット式コミュニケーションが浸透したことなどが挙げられている。

2023.12.30(土)
文=辰巳JUNK