世界中で知らない人のいなかったスーパー・アイドル、ブリトニー・スピアーズ。2020年、彼女が成年後見制度のもと、父親らによって不当に自由を奪われてきたと訴えたことが報道され、驚いた人も多かったのではないだろうか。 

 2021年に成年後見制度から自由になったブリトニーだが、今月、長らく待たれていた自伝『The Woman in Me』を出版。スターダムを駆け上がった若かりし頃から、成年後見制度下の「失われた13年」まで赤裸々に書かれた本書からは、メディアや大衆が彼女をいかに偶像視して傷つけていったのかという裏のテーマも浮かび上がる。 

「普通のティーン」がセクシーな制服姿で踊る衝撃

 まず、ブリトニーの経歴を振り返ろう。 

 アメリカのきらびやかな芸能界で、ブリトニーは理想的な「普通の女の子」として売り出された。1981年に南部に生まれ、子どもの芸能界進出に意欲的ながら喧嘩のたえない両親のもと、ある種の現実逃避として音楽への愛をはぐくみ、16歳で歌手になるやいなや大旋風をまきおこした。即座に一千万枚以上を売り上げたデビュー曲「...Baby One More Time」は、史上もっとも売れたCDのひとつになっている。 

 世紀末を代表するこの曲の衝撃のひとつは「普通」のティーンがセクシーな制服姿で踊ったことにあった。敬虔なキリスト教徒のブリトニーは、当時結婚するまで処女をつらぬく宣言をしていたため、そこには背徳的な要素もまとわりついていたのだ。 

 今回の自伝でもっとも注目を集めたのは、1999年から始まった当時の人気アイドル、ジャスティン・ティンバーレイクとの交際の真相だろう。 

 レッドカーペットでのデニムのペアルックが伝説と化すなど、全米が熱をあげたスターカップルの2人だったが、2002年に破局。直後にティンバーレイクは「浮気されて別れた」と告発するような曲でソロデビューを果たした上、未婚の彼女と性的関係を持ったことを匂わせるようなコメントを繰り返した。 

 自伝においてブリトニーは、むしろ彼のほうが浮気を重ねていたこと、交際中お互い浮気を認めて乗り越えようとしたこと、さらには人工中絶の経験を明かし、破局後の彼の対応にひどく傷ついたと語っている。ただしティンバーレイクによる性的関係に関する暴露には、むしろありがたいと感じていたようだ。「永遠の処女」といったイメージは、まわりの大人が売り出した虚像にすぎなかったからだ。 

「坊主頭」の背景には苛烈な“母親バッシング”

 逆風にさらされてもヒットを飛ばしていったブリトニーだったが、22歳の若さでダンサーと結婚して出産したことで、世の中の注目は音楽から私生活へと移っていった。パパラッチの大群に追いかけられるなか赤ん坊を落としそうになる映像が報道されたことで、ブリトニーを「普通の女の子」として賛美してきたメディアが手のひらを返すように「母親失格」の烙印をくだし、バッシングを加熱させたのだ。 

 離婚を申請し親権争いがはじまると、ブリトニーの精神状態は悪化していった。2007年には、美容院のバリカンでみずから坊主頭にし、パパラッチの車を傘で襲ったことが大スキャンダルに発展。自伝では、産後鬱のなか容姿バッシングや親戚の死に見舞われ、暴走するくらいしか抗う術がみあたらなかったのだと書いている。 

2023.10.27(金)
文=辰巳JUNK