マナー忘却に、SNSバズ欲求が魔合体したことで、事態はより深刻になったのかもしれない。たとえば、前出のビービー・レクサにスマホを投げた男は「歌手に携帯電話を渡し、自撮りしてもらうTikTokトレンド」を再現するつもりだったと供述した

 実際、SNSには、ファンのスマホで写真を撮るスターの動画が出回っている。しかし、このファンサービスは、スマホの安全な受け渡しができる最前列客の特権だ。遠くから投げたら危ないことなど少し考えればわかるはずだが、今回の犯人はバズりたい一心でそのことに気づかなかったようだ。

「ファンサの王様」も被害に

 今年最多の「物投げ」被害に見舞われたスターは、TikTokバズの王様でもある、アイドルグループ出身の歌手ハリー・スタイルズだ。若い女子が押し寄せる彼のライブでは、ファンがステージに投げたぬいぐるみをハリーが拾いあげるというファンサービスがもともと定番化していたという。このような楽しく安全なアイドル文化は、コロナ禍明けから崩壊の兆しが見えるようになった。

「神ファンサ」で知られるハリーは、ツアー初期になんらかの物体が股間に直撃したときも、痛みにあえぎながら「不運だったね」と慈悲深い反応を見せていた。しかし、その後の欧米公演でキャンディや薔薇が彼の目を直撃するという事態が続き、パフォーマンスを中断せざるをえなくなった。

コンサートチケットの高騰も一因か

 上記の例では、アーティストに物を投げる行為は「嫌がらせになったとしても推しの反応がほしい」ファンの暴走に見えるが、一方でそうでない場合もあるようだ。有志ファンによる究明という域を出ないが、ハリーにお菓子を投げつけた客は、ファンではなかったからこそ、公演中に退屈になり「遊び」として歌手を狙い撃ちした可能性があるとも取り沙汰されている。

 これが第二の仮説、ファンの観客比率が減ったからこそ、安全な空間が崩壊したという見立てだ。

 近年のツアーでは、米国を中心に、航空券のようにその時々の需要にもとづいて値段が変動するダイナミックプライシング式のチケット販売が増えている。たとえば、ハリーの米大都市圏ライブのチケットは、いっとき最安300ドル(約4万円)ほどとなり、転売されたものにいたっては11,000ドル(約150万円)にまで上昇したと報告されている。

 あまりの高騰により、行きたくても行けないファンのかわりに、軽い気持ちで大金を出せるお金持ちの非ファン層の観客が増えたことも原因の一つではないかと指摘されているのだ。

2023.12.30(土)
文=辰巳JUNK