料理を「作らない・作れない」ことに罪悪感を持っている人に贈る、フードライター・白央篤司さんの金言&レシピ。
どんなものであれ、作ろうと思ったそのこと自体が尊い。今晩はひと品、作ってみませんか?
この連載、「罪悪感撲滅自炊入門」なんてすごいタイトルが付いておりますが、もともとは私が5年前に書いた『自炊力』という本にちなんで始まったんです。イチから全部作らなくていい、自分にとってなるたけラクで、続けやすい自炊スタイルを考えていこう……という本の趣旨に編集部の方が賛同してくれて付いたタイトルでした。
自炊はしたいけどハードルが高い、なかなか続かないという方に向けて、「このぐらいでも自炊!」「そんなにハードル高くしなくてOK」的なことをお伝えするのが連載のテーマで。最近では気軽なレシピ紹介がメインになってますが、今回は初心に戻って、ひとつコラムを書いてみようかと。お題は「“得意料理”=“おいしく作れる料理”じゃない!」
作りやすい料理が、あなたの得意料理
自炊してるというと、周囲からよく「得意料理は?」なんて訊かれませんか。あれ、以前の私は困っていました。というのも「得意料理=おいしく作れる料理、自信のある料理」と考えていたから。
自分なりにそこそこおいしいと思える料理は、そりゃあります。だけど人様に「得意料理です!」と対面で言うのは……ちょっと気恥ずかしい。腰が引けちゃうというかね。そんな人間がレシピやら披露してるのもおかしな話ですが(文章だと平気なんです)。
ともかく、フードライターなんて名乗っているとやっぱり訊かれることも多いので、きちんと答えられるようにしなきゃな……と考えていたときフト思いました。「相手は別に、スペシャルな答えを求めてるわけじゃないのかも」と。
逆の立場になってみると分かります。何かのことで料理の話題になって「まあ、たまには料理するよ」なんて相手が言ったら、「へー、何が得意なの?」と軽い気持ちで尋ねたくなる。これって「普段何をよく作るの?」ぐらいの感じで、言葉を投げているんですよね。
そう、得意料理って「自分がよく作る料理」を答えればいいんだと思えたとき、ずいぶんと軽い気持ちになれました。私の場合なら、バイト先のまかないで覚えた麻婆豆腐。これはもう何十回、いや百回以上はゆうに作っているので、作り始めると手が勝手に動きます。
「私の得意料理」とは「自分が作りやすい料理」のこと。「おいしいの?」と訊かれたら「私にはね」と答えています。味は自分が満足なら、それでいい。自炊料理なんですからね。そもそも味なんて「合う・合わない」の問題ですから。お客さんに食べさせる料理じゃないわけだし。
自炊されている人で「得意料理がなくて……」と悩まれる方、わりにいるんです。それ、「食べたみんながおいしいと思う料理」「相手を唸らせるような料理」と思っていないでしょうか。
一流シェフを目指すとしたら、そのぐらい高い山を自分に課してもいいかもだけど、自炊は自分が自分のために行うこと。自分がよければ、それでいいじゃありませんか。自分にとって手間なく、面倒でなく、作りやすい料理が私の得意料理。そう思える料理を増やしていくと、日常のレパートリーは増えていき、自炊生活は多彩でより手軽なものになっていきます。
と、昔の自分に言ってあげたい。私、日常的にはごくありふれたお惣菜ばかり作っているんですよ。得意料理ってそれなりに「聞こえのいい料理」じゃないとカッコつかないかなあ、なんてことも思っていました。そこそこ手間のかかるものじゃないと「得意料理」に入れちゃいけないかな、と無意識のうちに思っていて。そんな必要、まったくないのに。
出汁巻き玉子は得意料理と人に言えても、目玉焼きとは言いにくい。酢豚とは言えても、豚しゃぶとは言いにくい(目玉焼きも豚しゃぶも、私が普段ものすごくよく作る料理です)。なぜだったのか。
そこにはちょっと、見えっぱりな気持ちがあったんでしょうね。「その程度の料理で得意って……」と笑われるかなと。はい、自意識過剰でした。そういう気持ちでいると、自分の日常を「たいしたものも作れない」「手間のかけない料理ばかり……」とネガティブな気持ちで見てしまう可能性もあります。
だからこそ「得意料理とは、私が作りやすい料理のこと」でいきましょう。無理なく作れるものとは、自分が好きなもの。好きなものと共にある生活こそが、気楽で心地よい暮らしなんじゃないでしょうか。
おまけ
麻婆豆腐ですが、以前にCREAさんでこんな簡単レシピを考えました。よかったらご参考まで。
Column
白央篤司の罪悪感撲滅自炊入門
料理を「作らない・作れない」ことに罪悪感を持っている人に贈る、フードライター・白央篤司さんの金言&レシピ。冷凍食品にちょい足しするのも立派な自炊。簡単なことから始めてみませんか?
2023.09.13(水)
文・撮影=白央篤司