北方 いや、下心のない女には優しくする。下心がある女には優しくしないよ。どこかでその下心をくじいてやろうとか、いろんなことを考える(笑)。
千早 ダディはそうなんですね(笑)。ダディは「これは純愛小説だ」「こういう関係性もある」と言ってくれたんですけど。特殊な関係性をずっと書いていきたい気持ちがあっても、それを納得させるだけの文章の力が、私にはまだないというのはすごく反省しました。
北方 あの時は私も言いたいことはいろいろありました。これは純愛小説だけど、あなたに純愛小説を書く資格があるのかい、と。恋愛小説はいくらでも書けるけど、純愛となるとものすごく難しい。石原慎太郎さんが都知事の時に、銀座の寿司屋を予約してもらってご飯を一緒に食べたことがあったんだ。慎太郎さんが先に来て酒飲んでて、バーッと「お前の文体で純愛小説を書け」と話し出した。そこそこ力を付けてきたから、中河与一の『天の夕顔』みたいなのが書けると。『天の夕顔』は、ちょっと歪んだ純愛小説なんだけど、石原さんの考える純愛というのが、聞いてもよく分からなかった。とにかく何回も「お前の文体で書け、お前の文体で書け」と。最後に、やっと口が閉じたから、「石原さんだって作家じゃないですか」と言ったら、頭をひっぱたかれて、「俺は都知事なんだよ」と(笑)。
千早 作家じゃないんだ(笑)。
北方 「俺は都知事だ。忙しいんだ」。
千早 ダディに言われて『天の夕顔』は読みました。美しかった。『男ともだち』以降、「その関係はあり得ない」という人を納得させるだけの関係性を書けるようになるのが課題ではありました。
北方 どれだけ納得させられるかというのは相当作品をいっぱい書かなきゃいけないかもしれない。その中で傑作が生まれてくるんだよ。だから、恐れずに駄作をいっぱい書いてよ。
千早 駄作ですか(笑)。
北方 いま、笑ったけど、傑作がどうやって出てくるか分かるか? 無数の駄作の中から出てくるんだよ。傑作を書こうなんて思ってたら書けないんだよ。
2023.07.04(火)