中国史を追い続ける浅田さんと、満州を描いた小川さん。

 史実をベースに物語を構築する難しさ、面白さを語る。


 小川 浅田さんにはお会いするのは初めてなんですが、実は色々とご縁があって。今回直木賞をいただいた『地図と拳』で歴史考証や、様々なことを教えて下さったのが帝京大学の澁谷由里(しぶたにゆり)先生なんです。

 浅田 おお、澁谷先生にはもうずっとお世話になっていますよ。『中原の虹』の文庫解説もお願いしたし、ごはんも何度もご一緒している。

 小川 そして取材で瀋陽(しんよう)に行った時には、通訳の人に「浅田さんのアテンドもしたよ」と言われました。

 浅田 どの人かな……30年来、数えきれないほど行ってますからね。小川さんはいつ頃、取材に?

 小川 2018年、『地図と拳』の連載開始前に行きました。

 浅田 コロナ禍が始まる前に間に合って良かったですね。

ユニークな旧満州の都市

 小川 僕はもともと満州については教科書に載ってる程度のことしか知らなかったんです。連載前に担当編集者からいくつか提示された案の中にあった、満州国の都市計画「大同都邑(とゆう)計画」に関心を持ったのがきっかけで興味が湧きました。立案した高山英華(たかやまえいか)という建築家は駒沢オリンピック公園を設計した人なんですが、サッカーが上手でベルリンオリンピックの代表選手に選ばれるほどの実力者だったりもした、すごく面白い人なんです。

 浅田 須野明男(すのあけお)など、具体的に誰か登場人物のモデルにしたというわけではないんですね。

 小川 結果的にまったく別人になりましたけど、昭和初期の帝国大学で建築を学ぶ学生の雰囲気などは参考にしています。例えば学生仲間で左翼運動の雑誌に関わったり、そのせいで兵役時に上官から目の敵にされたり……。

 浅田 どうりで帝大建築科の学生生活や勉強会、機関誌編集の細部にリアリティがあるわけだ。

 小川 ただ、大同都邑計画は実現しなかったので調べてもさほど奥行きがなくて。小説にするなら計画が実際に都市になる話のほうが絶対に面白いので、僕の興味も高山英華本人から都市そのものに移り、仙桃城(シエンタオチヨン)という架空都市の成り立ちを中心に描くことになりました。

2023.07.03(月)