浅田 僕が初めて中国に行ったのは、『蒼穹の昴』を書き終えた後だったんだけど、その時に「俺、小っちゃく書いてるな」と愕然としましたね。

 小川 あれでもまだ小さいですか。

 浅田 二人の新聞記者が会話しながら城壁沿いに移動する場面。自分が銀座や新宿を歩く感覚で書いたけど、北京を歩いて分かったのは、わずかな会話の間じゃ天安門広場は渡り切れない(笑)。しみじみ、取材は大事だと思いました。

何を、どこから書き起こすか

 浅田 満州が舞台だという『地図と拳』を開いて1901年から始まった時点で、歴史をしっかり掴まえた小説だなと思いました。日露戦争から説き起こさないと、満州というものは理解できないんだけど、そこが意外と見落とされがちだから。

 小川 太平天国の乱の洪秀全から始める案もあったんですけど、そうすると『蒼穹の昴』クラスの長大なシリーズになってしまう。僕の実績では編集者からOKが出ず(笑)、日露戦争からのスタートとなりました。

 浅田 日露戦争というのは、仕方なく始めて、いい加減な決着がついてしまった戦争です。いくら「勝利」と喧伝されても、8万人もの戦死者を出しながら賠償金も領土もろくに取れなかった。国民が不満に思うのも当然で、日比谷焼打事件が起きて本邦初の戒厳令が布告された。陸軍にしてみれば不本意な戦争の末に天皇大権がふるわれたという、徹頭徹尾の悪夢が日露戦争なわけです。ロシアは陸軍にとって永遠の脅威。さっき、緩衝地帯として満州は広大すぎるという話が出たけど、それでもやっぱり、ロシアを警戒すれば満州にこだわらざるをえなかったんでしょう。

 小川 そうですね。資料を読んでいても日本、特に陸軍は、当初アメリカも中国もさほど敵視していない。ロシアのことしか考えていないのが分かります。ロシアが怖いから満州が欲しくて、満州を巡って中国と対立して、リットン調査団に満州国を否定されて世界から孤立することになった。ロシアへの恐怖心が一連の戦争すべてを招いたという見方もできる。その意味で、日露戦争は近代史上の非常に重要な出来事だと思います。

2023.07.03(月)