浅田 短編・長編はもちろん、色んなことをやったほうがいいのは間違いない。きっと、次は満州とかけ離れたものを書くんでしょう?

 小川 火星が舞台のSFです。

 浅田 いいですねぇ。文学賞、ことに直木賞を受賞した作品というのは一生ついて回る。『地図と拳』を書いた人ってずっと言われると思うんですよ。

 小川 どの本で賞をもらうかというのは、作品の良し悪しだけでなく、今後のキャリア、作家としての過ごし方に影響するだろうなとは思っています。

 浅田 自分では長編をこつこつ書くのが向いていると思っているのに、短編集で直木賞受賞したもんだから、あれから何十冊と書いたのにいまだに「『鉄道員(ぽっぽや)』の浅田さん」って言われる。実は心外なものですよ。でもこれはもう免れない運命だから、振り回されずに書きたいものを書いていくしかない。芸術の天敵は自己模倣ですし、そうでなくとも作家という職業は作業自体は延々と同じことを続けるだけだから。

 小川 駆け出しの新人でも直木賞受賞した後でも、一人でパソコンに向かって文字を打つだけで、日々の生活でやることは一緒なんですよね。

 浅田 こんなに暗い仕事はない(笑)。

 小川 デビュー後にそのことに気づいてすごく驚きました。普通なら仕事を続けていれば同僚や部下が増えたり、成功すれば会社が大きくなったりするのに、小説家って……。

 浅田 製造元が一人だから。

 小川 でも、暗い仕事だなって思った時に、取引先にごちゃごちゃ言われたり下げたくもない頭を下げたりするのと、自分はどっちが良いかと較べたら、小説のほうが断然楽しいじゃん、と。

 浅田 満員電車に乗らなくていい、人間関係に悩まなくていい。この二大特典と引き換えに、孤独があるわけです。

 小川 最後の最後は一人でちまちまやる仕事なんだ、という思いは常に心に抱いていたいですね。

写真◎石川啓次


 (「オール讀物」3・4月合併号より転載)

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2023.07.03(月)