浅田 僕は嘘つきだから(笑)。小説家は嘘をつくのが仕事。ただし、ついた嘘には責任を取らなくてはいけない。史実をしっかり押さえたなら、その上に建てる物語は縦横無尽でいい、というのが僕の考え方です。『マンチュリアン・リポート』は張作霖という英雄の死の真相を描く小説。しかし英雄は自分の心情を語った瞬間に英雄ではなくなる。客観的に英雄をとらえる視点が必要だけど、もう語れる人間がいない……じゃあ機関車だろうと使うしかない。

 小川 機関車一人称視点がありなんだし、乾隆帝の亡霊が語ったりもしているんだから、特訓で孫悟空のような超人になる程度は全然大丈夫だな、と思えました。『地図と拳』も都市視点、仙桃城の語りで書こうかなと検討したくらいです。街に喋らせはしませんでしたけど、小説を面白くするためなら何でもありだと再確認できました。

 浅田 もっと思い切って嘘をついてもいいんじゃない。

 小川 まだいけますか(笑)。

 浅田 いけるいける。学者肌の真面目さでもあるんだろうけど、どこか歴史に対する遠慮を感じます。歴史を理解してさえいれば、どんな嘘でもちっとも怖くない。結末の、あんなに美しい場面を書ける人なんだから、遠慮したらもったいないですよ。

名作にはテーマがある

 浅田 もうひとつ良いなと思ったのが『地図と拳』というタイトルです。これ以外のテーマはないぞと言わんばかりに明示して、堂々たる佇まい。この小説において作家は何を書きたいのかというテーマが定まらない小説は、背骨がないのと同じですから。古今東西、百年生き残るような小説には必ずテーマがある。

 小川 僕は小説を書く時に起承転結やプロットから着想することはあまりなくて、テーマが先に立ちます。何が作品を支えるのか、ということが執筆の道しるべになるので。これも学者肌と言われるような質(たち)ゆえかなと思いますし、もしかすると僕の今後の課題なのかもしれませんが。

2023.07.03(月)