小川 単行本化まで時間があったので、連載からかなり削って仕上げました。ただ不出来な部分を削るだけでは全体に崩れが生じるので、修正箇所の周囲も直して、また削って微調整して、ということの繰り返しでした。一番難しかったのは、孫悟空(ソンウーコン)たち中国人と日本の軍人たちと、さらにはロシア人も、それぞれリアリティレベルが全然違うという点でした。孫悟空が無敵の身体を持つことを良しとしても、日本兵が孫悟空を撃って銃が効かないというのは、日本側のリアリティレベルでほころびが生じてしまう。異なるリアリティをいかに矛盾なく共存させるかの綱渡りに苦心しました。

 浅田 聞いていても冷や冷やする綱渡り(笑)。でも、それが読みどころ、作品の個性になってるんじゃないかな。芸術の命はオリジナリティですから、必要な苦労だったろうし、報われていると思いますよ。

 小川 そう言っていただけると本当にありがたいです。

 浅田 苦労したり、「やっちゃった!」と思ったことが結果的に吉と出るのは長編ならではですね。書きながら自分でも思いもよらない方向に転がって、慌てて追いつき、そのうちに想定外の面白いところに辿り着く。僕も『大名倒産』って真面目な江戸時代経済小説のプランに、連載中つい貧乏神を出しちゃったせいで七福神まで出すはめになって、書きながら調べ物の嵐ですよ……。でも、「やっちゃった!」が小説を面白くすると知っているから、もう直さない。

 小川 書き始める前に「こういう小説にしよう」と構想したものって、所詮一人の人間が考えた範疇を超えられないと思うんです。途中で変なものが出てきて、それを無理矢理でも筋に組み込んでいくうちに作品のオリジナリティが生まれる。“自分にしか書けない小説”というのはそういう、出てきちゃったものをどう扱うのかにかかっている気がして。創作における一番大事な奇跡なのかもしれません。

作家人生について回る作品

2023.07.03(月)