千早 うわぁ、すごい。

 北方 そうすると、言葉を選ぶ。選んで選んで選ぶわけよ。本当の言葉が出てくる。小説の言葉。小説の言葉ってどういうのか分かる? どう認識してる?

 千早 エッ、小説の言葉? 時間をください。

 北方 いやいや。何も認識してないんだと思う。たとえば赤というのを描写する時にどういう描写をする? 赤だったとして、「美しい赤」。これはよく分かるよね。それから「きれいな赤」。

 千早 「キラリとした赤」。

 北方 あと、「いい赤」。「いい赤」と書くのは非常に主観的だけど、そこに普遍性を持たせるのが小説だと思う。矛盾してるけど、「いい赤」と書いてきちんと普遍性を持って説得力があるのが小説の言葉だから、「いい」という言葉をいつも小説家は探すべきなんだよ。俺が中学の頃に、教科書に載っていた志賀直哉の『城の崎にて』には、「向う側の斜めに水から出ている半畳敷程の石に黒い小さいものがいた。蠑螈(いもり)だ。まだぬれていて、それはいい色をしていた。」という描写がある。

 千早 ほんとに? 気づかなかった。文章への意識が違う。

 北方 その「いい」というのがすごい気になって、「『いい』というのはどういうことでしょうか」と学校の先生――のちに日本で3本の指に入る上田秋成の研究者になった方に聞いたんだ。それで、続けざまに先生に休み時間に呼び出されるようになった。他人からは何を怒られてるんだと言われたけど、「いい」の解説だったんだよ。先生もそこで解析してた。「いい」という主観的な言葉にどれだけ客観性を持たせられるかが小説の言葉なんだというのは、本当に古典的だけど、志賀直哉に学んだんですよ。だから、とりあえず短いのをお互いに頑張って書こうぜ。20枚にしろよ。きっちり。

 千早 はい。今は、どうしても24とか25とかになっちゃって。

 北方 20枚と思った時に、24枚書いたら、無駄じゃなくても、4枚分を切って、どこかに押し込めなきゃいけない。どこかというのは、行間なんだ。それで、行間というものを考える書き方になる。だから、君は20枚以上使っちゃいけない。

2023.07.04(火)