千早 すごい。怖い。

 北方 俺は思わず授賞式にそのペンを持っていって、「皆さん、これを見てください。この作品はこれで書いたわけじゃないけど、タイトルはこの柴田錬三郎さんの万年筆で書きました」と。君もそういうことは小説の中にいろいろと書くといいよ。そういう感性があるんだよな。何かよく分からないけど。

 千早 怖い感性?

 北方 というより、予知能力……というととんでもないけど、俺なんかには全然ないようなものがある気がする。

 千早 何だろう。ごく普通の人間だと思いますが……。

 北方 それは探してください。俺はないんだから言えない。これからは好きなものを書けるよ。だからこそ難しいと思う。あんまり簡単なものを選ばないようにするんだな。これはきついと思うものを選んで書いてよ。

 千早 自分のために。

 北方 そうすると、自分が知らなかった自分が出てきたりすると思う。ものを作る行為というのは、楽なところでやっちゃ駄目なんだ。

 千早 負荷をかけるということ?

 北方 負荷をかけるって、どうしてそう単純に言葉化するの?

 千早 駄目ですか。

 北方 単純に言葉化をしたりしちゃ駄目だよ。小説の言葉というのは。

直木賞のその先へ

 千早 最後なので聞いてもいいですか? 直木賞をとっても作家の人生はこれからだとは思っていますが、大きい賞ではありますよね。デビューの頃から知ってる人が受賞するのはどんな気持ちなんでしょう。でも、デビュー作もいっぱい読んでるから覚えてないですかね。

 北方 いや、『魚神』は覚えてるよ。自分が選考してデビューした作家の作品は覚えてる。角田光代が、彩河杏(さいかわあんず)という名前でコバルト・ノベル大賞に応募した時に俺が選考委員だったの。そのあと、別の賞の選考委員で「角田光代」の作品を読むことになった。

 千早 え~、すごい。名前を変えてたのに、気づいたんですか?

 北方 気づいた。最初の時に角田に、「お前、俺は選考委員だから親とも思え」と言ったんだ。彼女も素直に「はい、お父さま」と言ってたんだ(笑)。それが、直木賞の時に、角田が来て……。

2023.07.04(火)