そしてラストは再び夢枕作に戻る。「太子」は、「むしめづる姫」の露子が、再び登場。彼女たちが川で、どじょうを捕まえていたところに、太子が現れる。ちなみに太子は、インド神話から仏教を経て、道教の神になった。『西遊記』や『封神演義』に出てくるので、名前を憶えている人も少なからずいることだろう。いきなり太子が現れても、まったく違和感を覚えないのは、この世界だからこそだ。
一方、晴明は新たな依頼を受けた。そこに太子を連れた露子がやってくる。太子が日本に来た目的と、晴明の受けた依頼が結びつき、ひと騒動が起こるのだった。「むしめづる姫」が怪異を見守る静かな話だったのに対して、こちらはアクション篇ともいうべき内容になっている。あえて露子の出てくる作品を冒頭とラストに置き、「陰陽師」シリーズの幅広い魅力を際立たせたのだ。個々の作品の面白さは当然として、アンソロジーとしての作品セレクトと配列の妙も見逃せない。「陰陽師」シリーズのファン、収録された作家のファン、時代小説ファンのすべてが満足できる一冊なのだ。
2023.04.01(土)
文=細谷 正充(文芸評論家)