稀代の陰陽師である安倍晴明と、笛の名手の源博雅のコンビが、さまざまな怪異を解決したり見守ったりする「陰陽師」シリーズについては、詳しい説明は不要であろう。かつて「陰陽師」ブームを巻き起こし、今なお書き継がれている名作だ。本作は『堤中納言物語』に収録されている「虫めづる姫君」を意識しながら、露子という愉快で愛らしいキャラクターを創造し、幽玄美ともいうべき世界に読者を導く。アンソロジーの幕開けに相応しい好篇である。

 続く、蝉谷めぐ実の「耳穴の虫」は、老齢の女房の小稲が、若き日に仕えた十四歳の姫君・信子を見舞った怪異を語る。この怪異がグロテスクなのだが、独創的で面白い。さらに語り手の小稲が、生れてすぐに尺取虫のような妖が耳に入り込み、それから音がよく聞こえるようになったという設定が、効果的に使われている。自分がどう思われているか気づいた小稲が、信子の優しさの裏にある驕慢に気づく場面など、実に素晴らしかった。

 さらに晴明の博雅に対する感情を、小稲の聞く音を通じて表現する。怪異の在り方に、作者のデビュー作『化け者心中』を想起させるところがあり、興味は尽きない。原典を一捻りした会話などで「陰陽師」ファンを喜ばせながら、蝉谷作品らしさの横溢した逸品なのである。

 谷津矢車の「博雅、鳥辺野で葉二を奏でること」は、本書の中で最も「陰陽師」シリーズのテイストに忠実な作品だ。墓荒しの件を調べに鳥辺野に赴いた検非違使の一隊が、少年に斬られて総崩れとなった。唯一の生き残りによると、少年は斬った検非違使たちの左腕を調べ、「やはり、源博雅が左腕でなければいかぬか」といったそうだ。このことを博雅から知らされた晴明は、事態解決のために動き出す。

「陰陽師」シリーズの人気を支えているのは晴明だけではなく、博雅の力も大きい。先に親友と書いたが、そんな当たり前の言葉で括れない男二人の絆が、たまらなく気持ちいいのだ。作者はこの点に注目し、博雅の魅力を引き出すストーリーを創り上げた。懐かしさと苦さの交じり合う博雅の過去のエピソード。彼が葉二で奏でる鎮魂の音。また、晴明が見抜く人の愛情と執着も、「陰陽師」シリーズらしい。逆説的になるが、奇を衒うことなく、ストレートなトリビュートに徹したところに、作者の才人ぶりが窺える。

2023.04.01(土)
文=細谷 正充(文芸評論家)