いま一冊のライトノベルがジャンルの枠を超えて話題を呼んでいる。二〇二二年七月の刊行以来、規格外のデビュー作として絶賛の声を集め、ライトノベルでは珍しい単巻完結の作品でありながら、『このライトノベルがすごい! 2023』で並みいる人気シリーズを押しのけて〈文庫部門3位〉〈総合新作部門1位〉を獲得。本作は、巨大な欠落を抱えた少年が歩む〝再生への旅路〟を情感豊かな筆致で描いた感動作であると同時に、「物語」という形式自体を小説の内側から真摯に問い直す問題作でもある。
体が徐々に塩に変わってゆき、最終的には死に至る「塩化病」の母親を持つ小学三年生の三枝八雲は、音楽室から漏れ聞こえるピアノの音に誘われるように五十嵐揺月という少女と出会う。やがて母を喪い、心の通わない小説家の父とは疎遠となった八雲と、天才ピアニストとして将来を嘱望されるも、母親の過剰な指導に心で悲鳴を上げていた揺月。相手の痛みを知るごとに強く惹かれ合っていく二人を、二〇一一年三月十一日の東日本大震災が襲う。
著者の四季大雅さんは小説の舞台と同じ福島県郡山市出身、震災当時の衝撃と、その後に抱いたある感情が執筆の動機となった。
「私の実家は高台にありましたし、そもそも郡山市は東北の中でも比較的被害の小さな地域でしたので、ほかの地域の甚大な被害を知るにつれて『自分が生き残って申し訳ない』という気持ちになってしまったんです。そうしたわだかまりや喪失感に決着をつけるには、震災を小説として書かなければならないと思う一方、被災者であるかのように直接的に描くことも心情的にできない。そんな矛盾や躊躇いから、津波のメタファーとしての『塩化病』が生まれました。
この作品のテーマを挙げるとしたら『喪失』と『回復』です。塩化病のほかにも、第二次大戦で破壊し尽くされながら市民の力で元の姿を取り戻したワルシャワの歴史や、義足の高校球児の話など、震災とは関係のないエピソードの中で『喪失』と『回復』を繰り返し描きながら、私なりに『震災からの回復』を書くことを目指しました」
2023.03.27(月)