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紀伊半島の突端、風光明媚な串本町へ

 時は10月。風は強いが、この時期にしては驚くほど暖かい南紀白浜空港で集合した旅のメンバーは、私を入れて4人だった。

 文藝春秋から、アテンドを買って出てくれた優秀な若手女性編集のSさん。

 この長い道のりを運転してくれるという、心優しき頼れるベテランカメラマンHさん。

 そして、海と灯台プロジェクトから「灯台に詳しい」という女性脚本家のYさんがおいでになり、道中、灯台の説明をして下さることになったのだった。

 Yさんとはこれが初対面だったのだが、彼女の創作に対する姿勢には共感するところが多く、灯台についての豆知識もめちゃくちゃ豊富で、私にとっての灯台をぐっととっつきやすいものにしてくれた。

 私なりにちょっとだけ灯台について予習をしてきたつもりだったのだが、そんなにわか知識に合わせ、これから向かう灯台がどういった特徴があり、「灯台好き」の間でどのように評価されているのか、移動中に面白おかしく紹介をしてくれたのだ。

「これから向かう灯台は、潮岬灯台といいます。本州最南端の灯台で、もともと神社があったのですが、そこをどいてもらって建設した灯台です」

「わざわざどいてもらったんですか?」

「わざわざどいてもらったんです。灯台って、もともと神社があった所が多いんですよ。だから潮岬灯台の近くには立派な神社があって、その縁あって潮岬灯台を擬人化した際には神官っぽい装束を着ているキャラクターデザインになりました」

「灯台の擬人化があるんですか!」

「灯台の擬人化があるんです。ちなみにそのボイスドラマの脚本を書いたのは私です」

 すごい人が来てしまった、と思った。

 灯台見学の後で神社にもお参りしましょう、などと言いながら、車に揺られること2時間弱。ようやく着いた時には、すでに日が傾き始めていた。

 この日は、晴れてはいたものの風は強く雲は分厚く、日が出たり陰ったり、といった具合の空模様だった。カメラマンHさんとしては日光のある撮影が望ましく、外の様子を見ながら見学をさせてもらうことになったのだった。

 真っ白く聳え立つ灯台の前では、既に田辺海上保安部のお二人が我々を待ち構えていた。

 実用性の高そうな紺色の制服姿でびしっと立っている姿に、それだけでこちらの背筋も伸びてしまう。

 海上保安部の方ということは、普段、海の安全を守る仕事をしていらっしゃるということだ。取材とはいえ、我々はその大切なお仕事を邪魔した上、下足で神聖な仕事場に踏み込む形になってしまう。決して良い顔はされないのではと、正直なところ少し緊張していたのだが……。

「阿部さん、灯台を停電させてみませんか?」

 全くの杞憂であった。

 お二人とも、とっても優しかった。灯台の隅から隅まで丁寧に案内して下さった上に「ええっ、そんなことまで!」と、案内して頂いているこちらがぎょっとするような体験までさせてくれたのだった。

 極めつけが、機械室での「停電させてみる?」発言である。

「停電って、流石にそれはまずいのでは……」

 恐れ戦く私に笑って種明かしされたのは、1か月に1度程度行われる、非常用電源がきちんと機能するかどうかの確認作業ということであった。

 おっかなびっくりレバーを引き、周囲が一気に暗くなった後、オイルの匂いと共に地鳴りのような音がして非常用電源が点くまでの間、本気でドキドキしてしまった。

 潮岬灯台は、1869年(明治2年)に着工し翌年仮点灯した、記念すべき日本最初の洋式木造灯台だ。

 設計は、日本の灯台を語る上で欠かせないリチャード・ヘンリー・ブラントンさん。Yさん曰く「中々一筋縄ではいかない御仁」で、スコットランドの職場で大喧嘩したのをキッカケに一念発起して日本にやって来て、約7年半で26基もの灯台を手掛けた、まさしく「日本の灯台の父」なのだという。

 当時建てられた八角形の木造灯塔は1878年(明治11年)に円形の石造りに建て替えられ、私達が中に入ったのは、この2代目のほうだった。その石材は地元、古座川町産の宇津木石が使われているらしい。

 灯塔内部に足を踏み入れた瞬間、キャンプ場のバンガローのような、古い木の香りがした。螺旋階段を黙々と上り、いいかげん息が切れたところで、外の回廊部分に出られる部分に行き当たる。観光客はここで回廊をひとまわりして引き返すしかないのだが、今回は特別に、灯台の心臓とも言えるレンズが設置されている灯室まで入れてもらえた。

「頭をぶつけないよう気を付けて下さいね」

 気遣ってもらいながら梯子を上り、恐る恐る灯室に顔を突っ込んだ瞬間、思わず「うわーっ」と声が出た。

 壁面は、まるでステンドグラスのように三角形をぎ合わせる形で金属の骨組みにガラスがはまっており、広大な海が一望出来た。遮蔽物は一切なく、見渡す限りの海、海、海だ。

 しかし何より圧巻だったのは、部屋の中央にどんと構えた閃光レンズである。

 灯台で用いられるフレネルレンズは、小さな光を最大限に活用するために計算され、同心円状にカットされたレンズだ。予習で写真を見ていたのだが、実物の大きさと迫力はとんでもない。レンズのカットはクリスタルガラスのようでめちゃくちゃ綺麗なのだが、「綺麗!」と思うよりも「でっかい!」と叫びそうになってしまった。

 構造自体は、ガラスの蓋をした銀色のお椀を横にしてモーターで回転させるような仕組みで、このガラスの蓋が映画『風の谷のナウシカ』に出てくる王蟲の目くらいある。

 それに比べて、光源となる電球は掌サイズだ。この小さな光がフレネルレンズによって最大化され、19海里(約35km)先まで届くのだというから驚きだ。

 抜群に美しい海を背景にして大迫力のレンズが鎮座する光景は、なんだか現実感がない。形は全く違うのだが、その浮世離れした空間は、どこかプラネタリウムを思わせた。

「日が落ちてからは本当に綺麗ですよ。夜の光景を見て頂けないのは残念です」

 ここでも海上保安部の方の大サービスは健在で、そう言いながら、日が暮れる前なのに実際に光を灯してくれた。

 その瞬間、ぶわっと灯室内の温度が上がるのが分かった。

 灯室の壁はガラスの部分と金属の部分があり、一定の速度で回転することで金属の部分で光が遮られ、外から見ると15秒に1回光るようになっているらしい。

2023.02.12(日)
文=阿部智里
写真=橋本 篤
出典=「オール讀物」2023年2月号