「ヒヤマ」撮影で託児所を利用してくれたのは男性スタッフだった

――なるほど……。解決すべき問題が多々あるのですね。

 ただ、移動映画館やミニシアターパークもそうなのですが、小さな旗を掲げると“仲間”が生まれるんです。『ヒヤマケンタロウの妊娠』の劇中で描かれるように、何かを掲げるとその方向性に対して共感する仲間が見つかる。それは大きな希望ですね。

 あと、別に僕がパイオニアというわけでは全くなく、安藤サクラさんが出産後にNHK連続テレビ小説『まんぷく』に出演された際、託児所が用意されたという前例もあります。僕がこういうことを行っていることが目立ってしまう時点ではまだまだ浸透していないとも感じます。

――もっと“普通”のことになっていかないと、ということですね。

 そうですね。響きが良くないですが、現場で「今日は〇〇さんから託児所の差し入れがあります!」みたいなことが日本の映画業界で起こったらいいなと思います。まだまだ開墾の時期ですね。

 『ヒヤマケンタロウの妊娠』は自分の監督作ではありませんが、部分的に託児所を設けさせていただきました。そこで実際にお子さんを預けて下さった方は男性だったんです。「妻に休日ができた」と非常に喜ばれて、やって良かったと感じました。託児所と撮影現場は親和性が高いんじゃないかと思いますし、色々な人に協力いただきながら続けていきたいです。

――その『ヒヤマケンタロウの妊娠』ですが、桧山の職業やセリフ、設定含め、実写化にあたって原作からより現代性が付加された印象です。工さんの記憶に残った描写やセリフには、どんなものがありますか?

 僕は、フィクションを作っていく中で「痛みを伴うかどうか」でリアリティが決まると思っています。男性の妊娠を面白おかしく描くのではなく、根底にある痛みをきちんと描くからこそ、そこに真実味が生まれる。そういった意味で、宇野祥平さんと山田真歩さん演じる夫婦像には現場でもそうですし、完成したものを観ていても心をぐちゃぐちゃにされました。

 また、上野樹里さん演じる亜季の決断に対して桧山が「誰も犠牲になっちゃいけない」と言うシーンがありますが、その部分。全員が自分らしくいるためには多少の無理が生じるものですが、保証はできないけれど「きっとそこに手を差し伸べてくれる人がいる」と思えるようになったことが、非常に大切だと感じます。ある種それは、未来への希望ともいえるのではないかなと。

2022.08.10(水)
文=SYO
撮影=平松市聖