セリフのない現場に通って得たもの

――すごく素敵なお話ですね。一生懸命の10年だったと。

 きっと「20代でやっておけばよかった」と思うことって年齢的な部分で、その時間を取り戻すことができないという意味だと思うんです。たとえば私だったら今からでも大学には行けるけど、18歳のころのキャンパスライフはもう経験できない。ただ、もし仮に大学に行っていたらフレンチの仲間たちとは出会えなかったんですよね。

 当時、俳優としては全然芽が出なかったですが、セリフのない現場に毎日通うことで周りを見ることができるようになりました。どういう風に映画やドラマが成り立っているのかを現場でずっと観察できたことは今の自分の力になっていると感じますし、その瞬間瞬間を一生懸命やっていてよかったなと思います。

 私は普段あまり考えないタイプなので、こういう時期でもないとなかなか「20代ってどうだったんだろう?」と振り返らないのですが、改めて考えたら思ったほど後悔がありませんでした(笑)。

――岸井さんは20歳のころにご自身で劇団「五反田団」のワークショップに参加したことが縁で、舞台『宮本武蔵』に出演されたと伺いました。ある種の転機だったのでしょうか。

 そうですね、それは大きかったです。それまではどこか社会科見学のような感じで現場にいたのですが、それを初めて実践できたような機会が舞台だったので「お芝居ってこんなに面白いんだ!」と思って、舞台のオーディションを受けまくりました。「これをやりたい!」とやっと確信できた機会でしたね。

 ただ、それで「もうバイトやりたくない」みたいになることは全くなくて。何事も楽しめる能力があるのかもしれません。お得な性格ですね(笑)。

――最新主演映画『やがて海へと届く』で演じた真奈は、お皿洗いではないにせよ飲食店勤務の役です。役者人生の中で、バイト経験が生きてくる部分もあるかもしれませんね。

 そうですね。フレンチ、焼き肉屋、寿司屋のバイト経験があるので、中華とファミレス以外だったら何となく厨房の様子がわかります。これまでなかなか料理人の役はありませんでしたが、機会があればやってみたいですね。トリュフを刻む役だったら完璧にこなせます(笑)。

2022.03.30(水)
文=SYO
撮影=鈴木七絵
ヘア=YUUK
メイク=Yumi Endo
スタイリスト=森上摂子