修善寺に位置し、多くの文豪に愛された老舗高級旅館「おちあいろう」。
伊豆の恵みをたっぷり使った食事、良質な温泉もさることながら、「今行くべきサウナ」として、サウナシュランにランクインしたことも話題となり、全国のサウナ愛好家たちからも一度は泊まりたいと、憧れを集めるほどに。
全室オールインクルーシブで、読書室や娯楽室など部屋以外にも楽しめるスポットが充実しているので、館内で終日過ごす、という贅沢が叶います。
旅と美容、そしてサウナ好きでもあるCREA編集部員が、「おちあいろう」で過ごした、充実のひとときをご紹介します。
自然の息吹を感じながら今も残る職人の“粋”に触れる
宿までの所要時間は、東京駅から新幹線と伊豆箱根鉄道を乗り継ぎ、修善寺駅から車で計2時間半ほど。
修善寺に近づくにつれて広がる、のどかな田園風景を見ながら過ごしていると、時間の感覚が緩やかに変化していくように感じます。
修善寺の温泉街から少し離れた先、2つの川が落ち合う畔に佇んでいることから、江戸時代末期の幕臣・山岡鉄舟によって「おちあいろう」と名づけられました。
チェックイン後はすぐにでも温泉に入りたいところですが、抱えてきた日々の忙しさをここで一度降ろしてあげましょう。
窓の外に広がるのは緑豊かな景色。聞こえてくるのは清流の音や鳥たちのさえずり。他の季節にはどのような景色が広がっているのだろうと想像がふくらみます。
コポコポコポ……とコーヒーを淹れる音が静かな空間に響き渡り、芳ばしい香りが漂います。
あまりの心地よさにそのまま眠ってしまいそうになります。ふと、頭をよぎったのは島崎藤村や川端康成など、名だたる文豪を虜にした理由。その秘密を探るべく、主人である村上昇男さんにお話を伺いました。
「『おちあいろう』の創業は明治7年、今から140年以上前のことです。最初は小さな宿からスタートし、この地に訪れる旅人を癒やす場所でした。そんななか、創業者である足立三敏がこの辺りには金が眠っていると考え、実に50年以上掘削を続けたところ、ようやく金脈が見つかり、その資金をもとに建て替え、今の形になりました。国の有形文化財に指定されているこの建物内には、言われてみないと気がつかない、伝統的な意匠や職人の技がたくさん隠れているんです」(村上さん)
台湾から持ち運ばれた木“紫檀”が使われていることから、「紫檀の間」と名づけられた宴会場では樹齢2000年を超える紫檀の柱が静かに私たちを見つめています。
「宴会場にある紫檀の木の模様は、一見自然の模様に見えますが、そうではなく、すべて職人が彫ったもので、洗い出しとか腐れ彫りと呼ばれている技法です」(村上さん)
「赤い瓦が特徴的な建物をご覧ください。通常瓦は焼き物ですが、こちらの素材は鉄です。鉄瓦にべんがらが塗られて赤くなっているのですが、戦時中は至る所から金属が集められたので、その時代を乗り越えて、いまだに鉄瓦が現存しているのは実は大変驚くべきことなんです」(村上さん)
「そのほかにも、結霜(けっそう)ガラスを使った窓や組子細工の障子など、今ではほぼ作り手がいないとされる技法を使った伝統的な意匠を、館内のあちらこちらで見ることができます」(村上さん)
「金山の資産を使って建てたというと、一見きらびやかで派手に思えますが、当時は昭和恐慌で伊豆半島も経済危機に陥っておりました。創業者である足立家は、資産を使ってたくさんの職人を雇うことで雇用を活性化させ、職人たちもその想いに応えるべく、手間をかけて一つ一つの意匠を丁寧に完成させていったのだと思います。また、足立家はこの湯ヶ島地域の教育行政にも非常に貢献したとして、後世まで語り継がれているんですよ」(村上さん)
地域の経済再生に貢献し、教育行政にも力を入れた足立家。彼らの人々を想う気持ちに、かの文豪たちも胸を打たれ、この場所で物書きに耽りたいと思ったのかもしれない。
ここで紹介したのはほんの一部。希望者には一日二回「文化財ツアー」が行われるのでぜひ参加してみて。
2021.12.01(水)
文=CREA編集部
撮影=鈴木七絵