教皇ユリウス2世の居室を手がけ一躍有名に
この時点で、ラファエロはまだ多くの人々の目に触れるような公的な仕事は受注していない。それが一転、大きく飛躍するのは1508年、ローマへ招かれ、教皇ユリウス2世の居室を飾る壁画制作チームの一員となってからのことだ。
大画面制作の経験もなく、当初は教皇宮殿にある居室のひとつ、「署名の間」1部屋の装飾に加わっていたラファエロだったが、その技量は間もなくユリウス2世の認めるところとなり、まず「署名の間」全体を、やがて居室全体を任されることになった。一方、同じタイミング(1508~1512年)で、システィーナ礼拝堂ではミケランジェロが天井画の制作を行っている。ラファエロはローマに残る遺跡や古代美術を研究した成果、またミケランジェロの影響を徐々に深めながら、工房を率いてヴァチカンでの仕事、また殺到する大貴族や高位聖職者からの注文をこなしていった。
さすがに壁画や天井画を剥がして持ってくるわけにはいかないが、今展には「署名の間」に描かれた傑作《アテナイの学堂》の複製版画が出展されている。建設中だったブラマンテによるサン・ピエトロ大聖堂を思わせる架空の古代風建築を舞台に、ギリシャやローマ、アラブ世界の哲学者・科学者たちが思い思いのポーズを取る構図の堅固さは《最後の晩餐》を思わせ、かと思えば人物の顔は、ラファエロが敬愛するレオナルドやミケランジェロに置き換えられており、彼がそれまでエッセンスを吸収してきた芸術家たちに捧げるオマージュにもなっている大作だ。
またラファエロが伝説的な巨匠としてヨーロッパ全域で尊重されるようになった理由のひとつは、絵と言えば1点1点オリジナルを描くしかなかった当時、「複製」を可能にした革新的なメディア、「版画」を利用したことにある。レオナルドやミケランジェロがまったく関心を示さなかった版画の可能性に、生前から気づいていたラファエロは、版画家のマルカントーニオ・ライモンディを起用、50点もの素描や絵画作品を版画化したため、その様式と名声がヨーロッパ中に広まっていった。
もしもラファエロが長生きをしていたら……
展覧会をひととおり見て思うのは、ラファエロが37歳という若さで死なず、ミケランジェロの年まで(88歳)、あるいはせめてレオナルドの年まで(67歳)生きたら、どんな作品を残しただろうか、ということだ。レオナルドの31年後、ミケランジェロの8年後に生を承けたラファエロは、尊敬する天才2人の作風を取り込み、調和させるだけの力量を持ち、人好きのする容姿と温雅な性質を備え、わずか25歳で教皇の信頼を得るまでに至った。何かと周囲との軋轢も多かったレオナルドやミケランジェロとはやや異なる、非の打ち所のない西洋美術の理想を体現したこの画家が、やがてもう少しカドの立つ作品を描く時が来たとしたら、その時こそ誰の心にも刻まれる「代表作」になったのではないだろうか。
「ラファエロ」展
会場 国立西洋美術館
会期 2013年3月2日~6月2日
休館日 月曜日 ※ただし4月29日、5月6日は開館、5月7日は休館
開館時間 9:30~17:30(入館は閉館30分前まで) ※ただし会期中の毎週金曜日は20:00まで(入館は19:30まで)
料金 一般1500円
問い合わせ先 03-5777-8600 (ハローダイヤル)
URL raffaello2013.com/
Column
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2013.04.13(土)