炊きたてのご飯に鮑の肝を……

 強肴は、出汁と酢 大根と京人参。素晴らしい。

 肉の凛々しさをスパッと切りながら、大根と人参の慈愛が伝わってくる。

 心が安寧になる味わいである。

 揚物は、 鰻と、丸十、菜の花。こちらもほっくりとした気持ちにさせられる、優しい味わいである。

 そしてコース最後は、品書きに「祝」の赤文字が記され、その下に鮑と記されたクライマックスがやってきた。

 「鮑しゃぶしゃぶ 鮑キモソースと味醂」である。

 見事な鮑である。500グラム以上はあるだろうか。

 これを酒が9割という鍋つゆにくぐらせ、肝のつゆにつけて食べるのである。

 ははは。

 もうこれだけで笑うしかない。

 さっとつゆをくぐらせれば、磯の香りと歯ごたえが弾け、しっかりと火を通せば、噛むほどに甘みを感じる味となる。

 今度はさっと、今度はじっくりと繰り返し、その度に盃を開けるのである。

 食べながら、申し訳ないという気持ちが湧いてきた。

 しかし罪悪感が湧く食事は、至福の時を連れてくる。

 最後は、炊きたての白いご飯。

 ここに肝つゆをかけてよくよく混ぜたら、肝茶漬けの要領で、ザブザブと掻き込むのである。

 さらに罪悪感を膨らませたのであった。

富士屋旅館

所在地 神奈川県足柄下郡湯河原町宮上557
電話番号 0465-60-0361
http://fujiyaryokan.jp/

マッキー牧元
(まっきー・まきもと)

1955年東京出身。立教大学卒。(株)味の手帖 取締役編集顧問 タベアルキスト。立ち食いそばから割烹、フレンチからエスニック、スイーツから居酒屋まで、全国を飲み食べ歩く。「味の手帖」 「銀座百点」「料理王国」「東京カレンダー」「食楽」他で連載のほか、料理開発なども行う。著書に『東京 食のお作法』(文藝春秋)、『間違いだらけの鍋奉行』(講談社)、『ポテサラ酒場』(監修/辰巳出版)ほか。

Column

マッキー牧元の「いい旅には必ずうまいものあり」

立ち食いそばから割烹、フレンチからエスニック、スイーツから居酒屋まで、全国を飲み食べ歩く「タベアルキスト」のマッキー牧元さんが、旅の中で出会った美味をご紹介。ガイドブックには載っていない口コミ情報が満載です。

2019.07.07(日)
文・撮影=マッキー牧元