17歳のときに雑誌「non-no」の専属モデルとしてデビュー、「森きみ」の愛称で親しまれ、結婚して母となった今もモデルとして活躍している森貴美子さん。パンが大好きで朝食はパン派という森きみさんが、行列パン、ご当地パン、コンビニパンなどなど、実際に食べて1年間撮りためたパンの写真をもとに綴った書き下ろしエッセイ集『森きみのパンダイアリー 毎日がパン日和』が刊行されました。

 この特集では、その著書の中から6本のエッセイを特別にお届けします。

●トラのバター

 おそらく、きっかけは絵本でした。

 『ちびくろ・さんぼ』という絵本を初めて読み聞かせてもらったときの衝撃は、この先もなかなか忘れられないと思います。木のまわりをぐるぐる回るトラが、バターになってしまうなんて! 4頭のトラが溶けてバターになってしまったのだから、かなり大きなバターの池として描かれていて、そのバターはこっくりとした黄色の中の黄色で、“パンやホットケーキに少し塗るもの”という概念を覆してしまうほど、魅惑的なビジュアルでした。

 バターはもともと好きだったけれど、「塗る」ではなく「食べる」というものに昇格したのは、大人になってからでした。それも、ひとり暮らしをしてから。「何でもバランスよく少しずつ食べなさい」と言う母の前でバターをそのまま食べるなんて、白バイの前でスピード違反をするようなもの。なので気ままなひとり暮らしに突入してからは「大人って最高! 自由バンザイ!」と、バターを塗るというより盛る量でパンにつけたり、そのままガブリと楽しんでいました。

それは結婚しても変わらず。

 私が当然のように冷蔵庫からバターケースを取り出して、バターカッターでカットした小さな四角いバターをかじっているところを見た夫。「何やってんの?」「バター食べてる」「バターってかじるものじゃないでしょ……」「バターってかじって食べてもいいんだよ」「……」というやりとりを何度か経て、今もバターをかじり続けています。

 このバターをかじる話、大抵の人は「?」という顔をするけれど「わかる!」と言ってくれる人は、私に負けず劣らずのバターラバー。そんなバターラバーたちが興奮してしまうようなパンを発見! パンの表面が見えないくらい、耳のキワまでビッチリと塗られたバター。その上に甘酸っぱい木いちごのジャムやチョコレートがちりばめられているけれど、このパンの主役はあくまでバターだと言いきれるほどのたっぷりとしたバターの量。バターラバー納得のバゲットサンドです。

 どこからどう食べてもバターの風味とこっくり感を味わえる、夢のようなパン。世田谷区三宿の「ボネダンヌ」というお店で出会えます。

 それにしても、あの絵本で見たトラのバター。絶対食べられないものとわかっていても、いつか食べられるんじゃないかと夢見てしまうほど、大人になった今も忘れられません。

ボネダンヌ
所在地 東京都世田谷区三宿1-28-1
電話番号 03-6805-5848

『森きみのパンダイアリー 毎日がパン日和』

著・森貴美子
本体1,300円+税 文藝春秋

» 立ち読み・購入はこちらから(文藝春秋BOOKSへリンク)

森貴美子(もり きみこ)
神奈川県出身。雑誌「non-no」モデルとして、17歳でデビュー。「森きみ」の愛称で親しまれ、以後12年間レギュラー出演し、2010年3月に卒業。現在は、数々のファッション誌やCMで活躍中。著書に『森きみの毎日の家事が楽しくなるシンプル暮らし』『森きみのハッピーエブリデイ』『森きみタイム』『humming life』などがある。