河合優実演じる蘭子との違いは…
それは、疑問を抱きながらもお国のために戦った嵩と、「愛国の鑑」と称賛されるのぶの傍らで反戦を唱えつづけた妹・蘭子(河合優実)のように、時代に染まらない彼らの強さを一層際立たせる。
特に河合に託された蘭子は、『あんぱん』における裏ヒロインのような存在だ。長年想いつづけてきた豪(細田佳央太)を戦争で亡くし、のぶとはたびたび衝突していた。さらに追い討ちをかけるように、戦地から戻った男性たちの職場復帰で、蘭子は郵便局を解雇されてしまう。

だが、趣味で投稿していた映画批評が評価され、毒舌映画ライターとして才能を開花する。まさに「自分の頭で物事を考えた」彼女だからこそ、切り拓けた道だ。やがて、戦争を経験した人々のやりきれない思いを取材するルポライターとしても活動するのだが、圧倒的な筆致で戦争の惨状を訴える蘭子は、かつて高知新報の記者として、名も無き人々の声を拾い上げていたのぶが“なりたかった姿”と重なる。
さらに、嵩の才能が世に認められていく『あんぱん』後半では、「天才の“妻”としてどう生きるか」というのぶの葛藤が描かれる。女性の生涯を描く朝ドラにおいて、天才の“妻”は定番の設定だ。インスタントラーメンを生んだ安藤百福の妻・仁子をヒロインに据えた『まんぷく』、福島を代表する作曲家・古関裕而を描いた『エール』や植物学者・牧野富太郎をモデルにした『らんまん』にも、天才を支える妻がいる。彼女たちは影の脇役ではなく、天才たちが憧れる唯一無二の存在なのだ。

のぶも、天才・嵩にとってのミューズではある。しかし、キャリア志向ののぶは、結果的に何者にもなれなかった自分を許せない。夢だった教師になり、地元の新聞社で女性初の記者として将来を期待され、代議士に秘書として迎えられるも、そのどれをも成し遂げることができなかった。さらには、母親にもなれなかったことも、のぶを苦しめるのである。
- date
- writer
- staff
- 文=明日菜子
- category