「うちは何者にもなれんかった」「赤ちゃんを産むこともできんかった」
「でも……。うちは何者にもなれんかった。教師も、代議士の秘書も、会社勤めも。何一つ、やり遂げれんかった。嵩さんの赤ちゃんを産むこともできんかった。嵩さんは子どもが欲しかったやろうに」
「けんど、時々思うがよ。うちは、何のために生まれてきたがやろう、って。精いっぱい頑張ったつもりやったけど、何者にもなれんかった。そんな自分が情けなくて。世の中に忘れられたような、置き去りにされたような気持ちになるがよ」

その後悔を紐解いていくと、第4話で早々に退場した父・結太郎(加瀬亮)の「女子も大志を抱きや」に行き着くのだから、なかなか根が深い。酷なことに、ここでも、ライターとして世間に存在を示す蘭子と対になっているのだ(突如のぶがお茶の先生になったのも、何者かになりたい願望を諦めきれなかった彼女が懸命に模索した結果かと思っていたが、やなせ宅に茶道の稽古場があったことは史実通りである)。
「アンパンマン読み聞かせ」シーンが意味するもの
自己実現を追い求めつづけたのぶは、きわめて現代的なヒロインだったといえる。子どもたちへの絵本の読み聞かせは、アンパンマンを広めたいという思いが第一にある。けれど、“何者にもなれなかった”のぶが、軍国教育を施した子どもたちへの贖罪にも感じられた。

長い長い旅路を終え、正義感と責任感が人一倍強い彼女がようやく自分を許せたとき、正しさが求められる今の私たちの心にも、そっと優しい風が吹くかもしれない。

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- 文=明日菜子
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