ベルリン国際映画祭など、世界の映画祭を震撼させている心理サスペンス『FORMA フォルマ』。今作が初監督となる女性監督とともに、6年の歳月を費やし、繊細な心理描写や張り巡らされた伏線などを描いた、新進気鋭の脚本家・仁志原了が自身の創作活動について語る。
俳優から監督へ、そして吉田恵輔監督との出会い
――脚本家になる前は、俳優をされていたそうですが、どういう経緯で脚本家の道に進まれたのでしょうか?
小学生のときには、『E.T.』を一人で3回観に行くほど映画が好きで、漠然と将来は映画監督になりたいと思っていたんです。といいますか、単純にスクリーンに対する憧れがあり、役者にも憧れていました(笑)。それで23歳のときに、友だちの誘いもあって、劇団に入団しました。その後、フリーになったときに、宮沢章夫さんが主宰する遊園地再生事業団にも声をかけてもらって、何本かの舞台に出演するようになりました。
――スチャダラパーが出演した舞台「スチャダラ2010」(96年)などですよね。
そうですね。そのとき、宮藤官九郎さんら、大人計画に所属している俳優さんたちと同じ舞台に立ったんですけど、そういう第一線でやられている方を目の当たりにしたことで、自分の俳優としての限界を感じましたね(笑)。それで、小さい頃からの夢でもあった映画監督を目指そうと、NCW(ニューシネマワークショップ、映画学校)の監督コースに通い始めたんです。自主映画を撮るには、一緒に手伝ってくれる友達の存在というのが重要なので、NCWに入ったときには、まず友達づくりから始めました。
――その後、今回の『FORMA フォルマ』の監督である坂本あゆみ監督と出会いますが、それが後に、共同脚本を手掛ける吉田恵輔監督との出会いにも繋がりますよね。
僕が脚本兼スタッフをやっていた自主映画の現場に、照明の助手として坂本さんがやってこられて、好きな映画の話で意気投合したんです。特に「ドグマ95」(ラース・フォン・トリアー監督らによって始まった独自の映画運動)の話で、『セレブレーション』や『イディオッツ』ですかね。その頃の彼女は、塚本晋也監督のもとで照明を手伝っていたんですが、彼女の先輩である吉田(恵輔)さんがちょうどPVを演出するとき、役者を探していたようで、僕を通じて、知り合いの役者を紹介したんです。それから3人での交流が始まり、NCWの卒業制作で監督することになった『蹉跌』では、坂本さんが照明で参加してくれました。吉田監督と坂本監督、二人に共通しているのは感覚的なタイプで、こういうシーンが撮りたい、こういう展開にしたい、と直感力に優れている天才型ということ。ロジカルに考えてしまうタイプで、理屈がないと動けない僕とはまったく違いますね(笑)。
2014.08.08(金)
文=くれい響
撮影=鈴木七絵