〈「主人公がつくった戦闘機が人々を殺した」と…映画『風立ちぬ』が呼んだ“賛否”のゆくえ〉から続く
今夏、全国の映画館で2016年の映画『この世界の片隅に』(片渕須直監督)が期間限定でリバイバル上映されている。こうの史代氏による同名漫画が原作だが、映画ではあるシーンに大きな変更がなされている。その理由とは?
アニメ評論家・藤津亮太氏による『アニメと戦争』(日本評論社、2021年)より一部を抜粋して紹介する。(全2回の2回目/はじめから読む)
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映画で大きく変更された“モノローグ”
『この世界の片隅に』は基本的に原作をできる限りそのままに制作しているが、大きな変更点のひとつに、クライマックスにおけるすずの台詞の扱いがある。空襲で右手を失ったすずが、玉音放送を聞いた後の台詞だ。
すずはまず「そんなん覚悟のうえじゃないんかね? 最後のひとりまで戦うんじゃなかったんかね?」「いまここへまだ5人も居るのに! まだ左手も両足も残っとるのに!!」「うちはこんなん納得出来ん!!!」と感情を爆発させる。ここまでは原作も映画も、言い回しの違いはあれど、意味に大差はない。変更されているのは、その後、家の裏の段々畑に行ってからのモノローグである。

原作のモノローグはこうだ。
「飛び去ってゆく/この国から正義が飛び去ってゆく/…………………ああ/暴力で従えとったいう事か/じゃけえ暴力に屈するいう事かね/それがこの国の正体かね/うちも知らんまま死にたかったなぁ……」
「ああ」と息を漏らすところでは、民家から太極旗が掲げられているコマが入っている。ただし、それをすずが目にしたかどうかは、コマ運びからはしかとわからない。
シーンの構成からするとすずは山側を見ているのに対し、旗が掲げられる民家は海側にある。また、太極旗がコマ右側に描かれており、次のコマですずはコマ左側のほうを見ており、見るものと見られるものという関係にあるようには見えない。
2025.08.26(火)
文=藤津亮太