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 動物本来の動きを見せる「行動展示」で旭山動物園を再建した元園長・小菅正夫さんの著書『聴診器からきこえる 動物と老いとケアのはなし』(中央法規出版)の発売を記念して、8月3日(日)、東京・紀伊國屋書店新宿本店にてトークイベントが開催されました。

 スペシャルゲストとして「CREA」2025年夏号にも登場いただいた令和ロマン・松井ケムリさんが出演。来場チケットは即完売し、オンライン配信も行われたイベントは、動物好きの松井さんが本の中から気になったところを掘り下げていく内容に。

 ざっくばらんに話す小菅さんから突然クイズを投げかけられたりと、圧倒される松井さん。前篇では、小菅さんが旭山動物園に入園したきっかけ、旭山動物園で出会ったアジアゾウのアサコ、ゾウの繁殖を実現するために学んだことなどをお届けしました。

 後半では、実際にミャンマーから円山動物園へ搬入したアジアゾウの出産、小菅さんの死生観、配信では見られなかった来場者とのQ&Aをレポートします。

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母が子を蹴飛ばすことも……ゾウの危険な出産を研究

小菅 ゾウの出産を見たことがありますか? 私はいろんなゾウの出産シーンのビデオを持っているんだけど、こんなに危険なことはないと思っていたんです。

松井 それはどういうことですか?

小菅 例を挙げると、お母さんは産んだ赤ちゃんを蹴飛ばすので、ボーンと壁にぶつかったりするんです。だから、決死隊を作って、赤ちゃんが飛んできた瞬間に布に引っ掛けて引っ張り出し、きれいに拭いて立ち上がらせてから、翌日、落ち着いたお母さんの元に帰していたんです。メスが赤ちゃんを蹴飛ばすのは興奮してるからだと言われていて、落ち着くまで子どもを預かっておいて返せばいいとされていたんです。

松井 当時はそう教えられていたんですね。

小菅 ところが、ワイ・カンバス(ゾウの保護活動や繁殖プログラムが行われているスマトラ島の国立公園)の先生は興奮なんかするはずがないと言う。「まさか1頭で出産させてるんじゃないだろうな?」と。ワイ・カンバスでは出産の時、仲のいいゾウが必ず一緒にいるんですよ。

松井 メス1頭で産むわけでないんですね。

小菅 仲のいいメスが精神的なケアをしてくれる中で落ち着いて出産して、赤ちゃんを立ち上がらせてからおっぱいを飲ませるんですね。ただ、自分の頭の中には、それ(母親が赤ちゃんを蹴飛ばすという例)がある。円山は準間接飼育という形を取っていて、飼育担当者が檻の中に入れないから、出産はパールに任せるしかない。ただ、赤ちゃんを蹴飛ばした時の対応はしっかりと考えておいてほしいと飼育担当者へ事前に話していました。で、陣痛が来て。いろんな動物の出産に立ち会ってきた経験から、産まれるまでに時間がかかるだろうということで、まず風呂に入って斎戒沐浴してからゆっくりと(園に)出発したんです。行くともう産まれていたんですよ。

松井 (笑)。パールは出産までが早かったんですね。

小菅 録画した動画を見たら、出産して赤ちゃんが立ち上がるまで、わずか10分でした。円山の獣舎はコンクリートではなく、砂を深さ1、2メートルくらい深めに敷いてあるんですけど、パールはどうしたと思いますか? 赤ちゃんに砂をかけたんです。びっくりしました。

松井 その行動は、今までにはないことだったんですね。

小菅 今まで見たビデオは、床がコンクリートで、その上が羊水とかでべちゃべちゃになっていたため、赤ちゃんが滑ってなかなか立てずにいた。しかし、パールが2回くらい砂をかけると、赤ちゃんの体がヌメヌメではなくなったし、床は砂のででこぼこになっていて(滑り止めのような)引っ掛かりができるため、10分後には立つことができたんです。こういうのをなんて言うか、わかりますか? 案ずるよりも産むが易し。

松井 まさにそうですね。

2025.08.07(木)
文=高本亜紀
写真=細田 忠