「大丈夫です! ジュバジュバいってます!」

小菅 立ち上がった赤ちゃんはすぐおっぱいを飲みに行きました。ゾウのおっぱいって、どこにあるかわかりますか?
松井 胸ですかね。
小菅 そう。ゾウの仲間、カイギュウの仲間、サルの仲間だけ、胸におっぱいがあるんです。ゾウのおっぱいは乳頭が横についていて。
松井 横から飲みやすいんだ!(と、松井の体で示そうとする小菅に)……え、僕のでやります?(笑)
小菅 脇を広げると、赤ちゃんは口をつけて吸うんです。だけど、本当に飲めているかはわからないので、若い飼育員に「そーっと行って音を聞いてきてほしい」と伝えたら、すぐ帰ってきて「大丈夫です! ジュバジュバいってます!」って言われました。
松井 あぁ、よかった~!
小菅 出産で、あんなに遅く園に向かって、あんなに早く帰ったのは初めてでしたね。生まれたばかりのゾウは見た感じ、100キロくらいで。松井さん、どれくらい体重ありますか?
松井 僕、100キロくらいです。
小菅 じゃあ、あなたくらいだった。一昨年の8月19日生まれで、もうすぐ2歳なんですが、今、体重はどれくらいだと思いますか?
松井 どれくらいなんだろう? 1トンくらいですか。
小菅 天才だぁ! 7月30日の実測で1トンでした。
松井 ずいぶんと大きくなるんですね。じゃあ、生まれてから万事問題なく育っているんでしょうか?

小菅 育っています。出産時には、仲間をそばに置いておかないといけないと教わったので、2頭のメスを隣の獣舎に置いていたんです。1頭は出産経験があったので、きっとパールにアドバイスをしてくれるだろうと。もう1頭は今後その個体が出産する可能性もあるので、勉強になるだろうと思って置いていたんです。そうすると、パールの陣痛が始まってから2頭は(その様子を)ずっと見ているんですよ。
松井 出産を見た経験を活かせるくらい、ゾウは記憶力がいいってことですよね? 1回見れば覚えていると。
小菅 記憶力に関して、ゾウほど頭のいい動物はいません。パールも最初から砂をかけるなんてできるわけがないですから。
松井 じゃあ、ミャンマーにいた頃に出産を見ていたと。
小菅 そうです。15歳の時、日本に連れてきたから、それまでに自分のお母さんが子どもを産んでいるのを見ている、もしくは、グループの他の個体の出産を記憶しているから初産でも成功できたんでしょうね。
松井 頭がいいですね。
小菅 動物はものすごく頭がいいんです。人は教わらないとできないけれど、動物は自ら学んで行動することができますからね。
動物は自分の死期を悟っている

松井 小菅さんは動物と同じように死にたいと考えていらっしゃるんですよね。
小菅 動物というのは死期を悟るんです。獣医というのは動物から嫌われているもの。例えば太り過ぎたら減量させるし、病気をすれば薬を飲ませたりするし、治療のために麻酔をかけたりするでしょう? 私がいるとろくなことがないと思っているので、見つけると必ず威嚇するんです。そんな経験から、動物に生きる意思がなくなるのは威嚇しなくなった時だと何例目かの看取りで気づきました。
松井 死期が近くなると、威嚇するほどの活力がなくなってくるということですか。
小菅 動物自身が、死期が近いとわかるということですかね。例えば、動けないながらも顔を上げて唸っていたトラがいたんです。けど、ある日治療しに行くと、お腹が動いているし、体温もあるんだけど、死んでいるかと思うくらい何もしなくなった。そうなると保って3日。私はその段階で治療をやめます。以前はしつこく治療して死ぬまでそばにいると思っていたんですが、それは動物にとっていいことではないのではないかと思うようになりました。なので、動物が私を拒否しなくなったら治療はしないと飼育係に宣言してるんです。
2025.08.07(木)
文=高本亜紀
写真=細田 忠