16歳で自立、摂食障害、妊婦ヌード、3度の離婚…

 1962年アメリカにデミ・ジーン・ガインズとして生まれた彼女の幼少期は、ひどく不安定だった。父はDVと浮気、母は自殺未遂を繰り返し、中学生になるまでに経験した引っ越しは約50回。15歳で大家から性暴行を受けたことで自立を決意し、次の誕生日を迎えた瞬間に家を出た。

 成人といつわりハリウッドでセクシーモデルとして生計を立てていたデミは、17歳にしてアラサーのバンドマン、フレディ・ムーアと交際。父が自殺したことのショックで急いで彼と結婚するが、1980年代、20代となったデミが映画界で成功すると夫婦の間の溝が深まり、結婚生活は5年で終わった。

 その後もデミの快進撃はつづいたものの、私生活ではドラッグとアルコール依存に苦しんだ。薬と酒を絶ったあとも、見た目と体重への不安は非常に強かったという。保護者からのケアも、教育も受けたことがない孤独なアイドル女優として「自分の価値は見た目がすべて、自分を犠牲にしなければ愛されない」と思っていたと振り返る

 1990年代になると、主演した恋愛映画『ゴースト』(1990)が大ヒットしトップ女優に。アクションスターのブルース・ウィリスと夫婦にもなり、三人の娘に恵まれている。しかし、業界幹部や世間から「太りすぎ」あるいは「痩せすぎ」と言われつづける環境で、容姿への不安は高まりつづけていった。雑誌で妊婦ヌードを披露して話題になったが、それも自信のなさを克服しようとしていたからだったと明かされている。

 役づくりのため産後の体型を戻そうとつとめた『ア・フュー・グッドメン』(1992)のころには、極度の摂食障害を発症。夜通し授乳を行ったのち、トレーナーと早朝に起床し、スタジオまで自転車で90キロ通勤して通常12時間の撮影を終えると、また夜間育児に戻る繰り返しの日々。毎日の食事はオートミール半カップとタンパク質、野菜くらいだったため、母乳が栄養不足になってしまっていた。その後5年にわたり、飢餓と運動依存の生活サイクルに陥ったという。

 海兵隊を演じた『G.I.ジェーン』(1997)での過酷なトレーニングを終えたとき、限界がきた。映画界では、人気男優たちと同じようなギャラ交渉を行った結果、「強欲な女」と叩かれていた。夫のブルースからは、キャリアの追求より家事育児を求められて溝ができ離婚。さらに、疎遠だった母親を看取ったことで精根尽き、仕事を減らし子育てに専念するようになった。

 40代になった2000年代には、整形疑惑など、もっぱらゴシップで注目されることが増えた。とくに注目を集めたのは、15歳年下の俳優アシュトン・カッチャーとの三度目の結婚。しかし、ロマンスは長くつづかなかった。若かったアシュトンに合わせようとしたデミは、20年間の禁酒を破り、悲劇的な流産を経験したことで再度アルコールとドラッグに依存するようになった。結婚6年目、浮気していた夫が離婚を申請したことをニュースで知った。

2025.05.17(土)
文=辰巳JUNK