「自分で自分にやったことが一番ひどかった」どん底からの再起

 50代のデミはどん底に落ちた。仕事にも人づきあいにも後ろ向きになり、良好な関係を築いていたブルースや娘たちとも疎遠に。テレビすら見られないほどに弱っていた2012年、娘がひらいたパーティーでドラッグを吸引し、緊急搬送された。

 しかし、どん底を経験したことで、再起が始まる。リハビリを経て、幼少期のトラウマに立ち返り、亡き母親を許すことで家族との関係を修復。人生を振り返る自伝『Inside Out』(2019)はベストセラーになった。

 60代にしてようやく安定を得たデミが惹きつけられた脚本こそ『サブスタンス』だった。40歳の誕生日を迎えたコラリー・ファルジャ監督が「もう女として終わり、社会にとって用無しの存在になってしまった」と感じてしまった絶望から生まれた物語だ

 デミが脚本に惹かれた理由は、なにも役柄の境遇に自身を重ねたからではなかったと語る。主人公のエリザベスは仕事一筋の人生だったが、彼女には愛する家族がいる。芸能界や世間における、容姿・若さ主義への批判を糾弾したかったわけでもない。そうした外部の物差しこそ自分の価値と思い込んでしまった人間が己にくだす暴力の描写にこそ共感したのだ。

 彼女は、激動の人生を振り返って断言する。「人からやられたどんなことよりも、自分で自分にやったことが一番ひどかった」。

 彼女の持論は、この映画が熱烈な支持を集めた理由も示しているかもしれない。二人一役の『サブスタンス』では、自己嫌悪や自己破壊といった「うちなる暴力」がこれでもかというくらい視覚化されている。多くの観客の共感を集めたシーンは、主人公がデートに出かける前、自身の容姿に嫌悪感を感じ、何度も化粧をやり直してしまうシーンだった。観客からしたら、一歩ひいたかたちで「自分も自分を痛めつけているかもしれない」と考える機会が与えられるのだ。

2025.05.17(土)
文=辰巳JUNK