助産師としてのスキルを磨き、活かせる場所へ
医療職としての道を選ぶとき、小島さんが最初から目指していたのは助産師でした。日本で助産師になるには、まず看護師の資格を取り、さらに助産学校で専門課程を修了する必要があります。
――そもそも、なぜ助産師に?
「日本では助産師は女性しかなれませんし、数も看護師のおよそ3%というニッチなところに惹かれたのかもしれません。でも、いざ病院で働いてみると何事も医師主導で、助産師として学んだ知識や技術を活かせる場は限られ、モチベーションを維持するのが難しいと感じていました。
一方、海外の難民キャンプや紛争地域では産科医がいないことも多く、例えば帝王切開が必要かどうかといった命に直結する判断、レイプや売春などで望まない妊娠をした人に中絶薬を処方するのも私の仕事でした。責任は大きいけれど、そのぶんやりがいがありました」

――初めての派遣先、パキスタン・ペシャワールの病院はどうでした?
「日本では見たことがないような症例だらけでした。5キロ以上の巨大な新生児、子癇発作でベッドから落ちそうになっている人、地元の医院で分娩誘発剤をガンガン打たれて子宮破裂の状態で運ばれてくる人も。日本では医師がやる会陰切開や縫合も助産師がやるので、技術的にも学ぶことは多かったです」
小島さんはパキスタンのあとイラクの難民キャンプで働き、レバノンでは主にシリア難民の妊産婦に関わる仕事を経験。管理者として現地スタッフと関わる難しさ、言葉の壁、文化の違いに翻弄されながら、体当たりで仕事に挑みました。そして2016年に舞い込んできたのが、地中海の難民救助船での仕事でした。
――救助船の仕事と聞いて、どう思いましたか。
「はじめは救助船の停泊している港で働くのかなと思っていたんですよ。渡航前にもらう業務案内は、実際に行くと大幅に違っていることが多かったので。本当に船上で働くのかも、と思い始めたのは、乗船前のトレーニングを受けたオランダで、5メートルの高さからイマーションスーツ(防寒・防水救命衣)を着て水に飛び降りたときでした」
その後、イタリアのシチリア島から乗り込んだ救助船「アクエリアス号」では、3ヶ月で5000人超の救助にあたったといいます。

「たくさんの異職種の人とともに働き、刺激を受け、下船後すぐに『船に戻って働きたい』と思いました。まだまだ知りたいことや学びたいことがあったし、単純な善悪では語れないカオスな状況で力を試される、救助船での仕事は自分に合っているという実感がありました」
地中海まで救助船が出張って行くのはなぜか
――小島さんが乗る救助船は、どのような団体が運営しているのですか。
「公的機関ではなく、国際NGOや人道支援団体が寄付やクラウドファンディングをもとに運航しています。私が乗ったのは、国境なき医師団(MSF)と、フランスを拠点とする海難救助専門の人道支援団体SOSメディテラオネ(SOS)が共同運航するアクエリアス号や、ヨーロッパの民間団体が運営するシーウォッチ号。MSFを離れた後の2021年から24年は、SOSと国際赤十字・赤新月社連盟(IFRC)が共同運航するオーシャンバイキング号をメインに乗船しています」

――活動の目的は?
「地中海に面した北アフリカのリビアからイタリアへ渡ろうとする難民・移民を一人でも多く救助し、安全な港まで届けることです。彼らは、大海を渡るには粗末すぎるボートに救命胴衣もつけず、ぎゅうぎゅう詰めに乗せられます。
そのままイタリアへたどり着く可能性は、限りなくゼロに近いです。彼らの現実的な目的は、NGOの救助船が活動するリビア沖の捜索救助ゾーンまで、何とかしてたどり着くことです。NGOに救助されればラッキーですが、その前に船が沈没したり、リビアの沿岸警備隊に捕まって連れ戻され、過酷な拷問などが待つ収容所送りになるケースも少なくありません」

――国際移住機関(IOM)によると、2014年から2024年3月までの間に、地中海で死亡または行方不明となった難民・移民は約2万9,000人とされています。「死のルート」と呼ばれるほど危険なのに、リビアからイタリアへ行こうとする人が後を絶たないのはなぜでしょう。
「他に生き延びる道がないからです。もともとリビアはオイルマネーで潤い、外国人労働者、つまり移民の受け入れ先でした。ところが2011年、“アラブの春”をきっかけにカダフィー政権が崩壊すると、国の統治機能は失われ国境管理もゆるくなりました。密航業者や人身売買組織はそれ以前から存在していましたが、混乱に乗じてより活発になっています。
『ヨーロッパに行けばいい仕事がある』という密航業者の甘い言葉に誘われ、アフリカのみならず、シリア、イラン、アフガニスタン、バングラデシュ、パキスタンなどの紛争・貧困国から多くの人がリビアを目指してやってきます。
でも入国前に不法侵入で捕まったり、人質として拘束され家族に身代金を要求されることもあるし、入国できても過酷な環境で、暴力にさらされながら奴隷のように働かされる。そうしてようやく、ヨーロッパへ向かうボートに乗れるチャンスが訪れます。自国に帰っても仕事はなく、後戻りするという選択肢はありません」
――救助船の活動についても、賛否があるようですね。
「はい。移民・難民の主な受け入れ先であるイタリアでは、メディアが『不法移民を連れてくる悪い奴ら』と揶揄したり、『不法な移民ビジネスと結託している』といったデマで国民感情をあおり、それを口実に政治家がNGOを叩くこともあります。
救助した人たちを乗せたまま何日も洋上で待たされたり、活動停止に追い込まれることもあります。それでも、救助しなければ数百人単位で命が失われる可能性がある以上、いまそこにある命を助けるというのが救助船のスタンスです」

海上での人命救助は国際法上の義務とされており、救助そのものは合法です。ただ、救助された人の上陸先や亡命申請の扱いについては、法的なグレーゾーンや各国の政治的駆け引きが絡み、非常に複雑な問題となっています。
2025.05.03(土)
文=伊藤由起
写真=橋本 篤
写真提供=小島毬奈