「私、そんなこと思っていないけど、どうして、そんな風に言うの?」

「だって……この前、お父さんたちが大ばあばのことを先生たちと話し合ったって。そのとき、大ばあばにもしものことがあっても何もしないって決めたって。そんなの、ひどいじゃないですか。どうして助けようとしてくれないんですか!」

 白い張りのある頬に涙が流れている。私は、心臓をぎゅっとつかまれたような衝撃をうけた。

 心肺蘇生は、基本的には、やらなければならない処置だ。でも、患者の体への負担が大きい。繁森さんの場合、心臓マッサージをすれば肋骨はぺしゃんこに折れてしまうだろうし、人工呼吸器を使うために気管挿管をすれば会話はいっさいできなくなる。そこまでしても、蘇生できる可能性は低い。もし一時的に蘇生できても、その後何日生きられるかわからない。つまり、メリットのほうが少ない。そういったことも全て説明したうえで、ご本人とご家族からDNARという結論をもらったのだ。

 全員が納得していると思っていた。でも、桃ちゃんは、大好きな大ばあばが見捨てられると思っている。純粋な少女の思いを前に、処置のメリットデメリットなんて話はできなかった。

「桃ちゃん、おうちの人から何て聞いたの?」

「何って、大ばあばが死にそうになっても何もしないって、それだけです。その場の話し合いに、あのぜんぜん笑わない先生と卯月さんがいたって聞いたから……先生は何考えてるかよくわからないって思ってたけど、卯月さんまで大ばあばを助けてくれないなんて思わなかった。……ひどいよ!」

 桃ちゃんは叫ぶように言うと、面談室から出ていった。

「桃ちゃん!」

 声をかけるが、走っていってしまった。

 私は壁にもたれて、大きく息をはく。

 患者さんやご家族から強い言葉を浴びせられることはある。怒られることも、あなたじゃ話にならない、と拒否されたこともある。

 そのつど、落ち込むことはあった。でも、桃ちゃんからの言葉は特に重い。

2024.11.08(金)