あのけがれのない瞳に、私が陰りを落としたのか……。

 誰にとっても後悔のない終末とはいったい何だろう。大学院にまで行って勉強しているくせに、桃ちゃんを納得させられる答えを私は持っていなかった。

 講義室の窓から、したたる雫を眺めていた。久しぶりに降った雨は激しく、外の景色をかすませている。半そででは少し肌寒く、両手で腕をさする。

 桃ちゃんの言葉が頭にはりついてとれない。いったい、何を言えば良かったのだろう。

「咲笑ちゃん、お昼買いにいかない?」

 荒井晴菜が声をかけてくる。潔いほどのショートカットで、耳にピアスが光っている。大学院で知り合った友人で、とても気が合うし、私は晴菜に出会えて本当に良かったと思っている。大人になってから新しい友達ができるのは、なかなか貴重な経験だろう。

「ああ、行こうか」

 私は直前まで受けていた講義の資料をしまって、立ち上がった。

 大学院に行きはじめたのは、専門看護師の資格をとりたいと思ったからだ。

 専門看護師とは、看護師のなかでも特定の分野を極めたスペシャリストで、全国にまだ三千人ほどしかいない。普段の講義も課題も大変だし、試験も難しい。私は、がん看護の専門看護師を目指している途中だ。修士課程が終われば資格がとれるわけではなく、修了してから実践にもどり、秋頃に試験を受けることになる。それに受かって初めて専門看護師になれるのだ。

 普通は二年で試験受験資格がとれるけれど、私は仕事をしながら通学しているので三年制の講義を受けている。晴菜はもともと病棟看護師だったが、子育てと仕事と大学院通いを同時にこなすのが難しく、一度仕事を辞めてから同じく三年制でのぞんでいる。

 私が通う大学院は、大きな大学の敷地の端にひっそりとたっている。売店のラインナップがほかのコンビニとちょっと違ってここでしか見ないお弁当もあったりして、お昼ごはんは楽しみのひとつだ。

「咲笑ちゃんの好きなからあげおにぎりあるよ」

2024.11.08(金)