ひとつ息を吐いて続ける。

「そしたら、まさにご家族が話し合っている途中に、患者さんが急変したの。私が発見したんだけど、方針が決まっていないからひどく慌てちゃって、すぐに先生のところに駆けつけたわ。そしたら先生がご家族に向かって『今すぐ決めてください』って言うのよ。そんなにすぐ決められるわけないじゃない? それで結局あわててフルコースで全部やったんだけど、そのまま亡くなったわ……。チューブにつながれて、挿管もされている患者さんを見て、ご家族はとっても悔やんでいらした。蘇生措置が悪いわけじゃない。ご家族に心の準備がなかったことが問題だったのよ」

 香坂さんはすっと目を細めた。

「そのときよ。今後、私は常に気をはって、患者さんの些細な変化も絶対に見逃したくない、ご家族のちょっとした言葉や表情ももらさず全部拾うんだって強く心に決めたのは。患者さんとご家族と、両者にとって一番良い終末とはいったい何か、今も常に考え続けている。人ひとりの命は、後悔なんていう言葉じゃ計り知れないからね……」

 香坂さんの瞳には、多くの経験によるプライドが光っていた。

「だから、繁森さんとご家族がみなさん納得して受け入れていられるといいな、と思うのよ。良い終末を過ごせるよう、精一杯の看護をしましょうね」

 面談を終えたご家族は繁森さんのベッドサイドへ集まっていた。穏やかな談笑が聞こえる。

 みんながその人の生き方を尊重し、人生の閉じ方を受け入れる。なかなかできることじゃない。素敵な家族だな、と思った。

 香坂さんの言ったとおり、繁森さんご自身が苦しくないよう、人生を終えるその日までより良く生きられるよう、手をつくそう。それがきっと、ご家族のケアにもつながるはずだ。

 香坂さんにはまだまだ及ばないけれど、尊敬できる上司と一緒に働けていることに感謝の気持ちがわき起こる。同時に、背中にはりついたままの「思い残し」が消えていないことが、ひどく気がかりだった。

2024.11.08(金)