賑やかな食事の後は湯屋に向かった。帰りに髪結いに寄り、梅ふくに戻って化粧を済ませ、座敷用の着物に着替える。着付けは力仕事なので、それ専門の男衆がいる。

 今日着る正装の五つ紋黒留袖は、元旦ということでいつにも増して華やかだ。金糸銀糸の刺繡が入った松竹梅の加賀友禅に、裾はお引きずり、そこに金襴緞子の丸帯をだらりに締める。髪には稲穂に白鳩の付いた簪をさすのがしきたりとなっている。支度を終えると、そこにはもうよれよれの藍染絣を着た朱鷺の姿などどこにもない。

 夕方になって、正月最初の客、門倉利光が待つ料亭『香月楼』に向かった。玄関をくぐってまずは帳場に顔を出す。

「女将さん、あけましておめでとさんでございます。今年もよろしゅうお願い申し上げます」

「ああ、朱鷺ちゃん、おめでとさん。今年もよろしくたのんわ」

 と、正月の挨拶を交わしてから、控えの間に向かった。そこで化粧を直し、雪に濡れた足袋を替えていると、顔見知りのお姐さんがふらふらした足取りで入って来た。どうやら昨夜の酔いがまだ残っているようである。

「お姐さん、おめでとさんでございます。今年もよろしゅうお願い申し上げます」

 朱鷺が挨拶をすると、お姐さんは「あらぁ」と頓狂な声を上げた。

「梅ふくんとこの朱鷺やない。今朝はいいもん、見させてもらったわ」

「え……」

「久保市乙剣宮の境内や」

 はっとした。

「朝帰りのついでに初詣に寄ったが、元旦から逢引きなんてやるやないの」

「いやや、お姐さん、人間違いやないですか。朝から悪い冗談ばっかし」

 朱鷺は笑ってはぐらかした。すぐ控えの間を出て、朱鷺は臍を嚙む。細心の注意を払っていたつもりだが、やはり隠すのは難しい。

 小さくため息をつきながら襟元を直し、座敷に向かった。

「朱鷺でございます」

 襖を開けると、紅白の鏡餅が飾られた床の間の前で、門倉が仲居相手に盃を傾けていた。門倉は目を細めて朱鷺を見やった。

「おう朱鷺、来たか」

2024.10.26(土)