胸が高鳴り、頰が上気した。
「そやけど、あたしは……」
それでも朱鷺は目を伏せた。堅気の娘とは訳が違う。所詮は花街に身を置く女である。それがどういう意味を持つか、浩介はわかっているのだろうか。
戸惑う朱鷺に、浩介は一歩近づいた。
「やっぱり僕みたいな者は駄目か」
「そうやないが、そうやなくて……。あんまり急なもんやからびっくりして」
朱鷺は微妙に言葉をすり替えた。
「とにかく、考えるだけ考えてみてくれんか。僕には朱鷺しかおらん。一生、大事にするさけ」
浩介がまっすぐに朱鷺を見つめる。その愚直な眼差しに、朱鷺は熱く胸が震えるばかりだった。
「あけましておめでとさん。みんな今年も身体に気い付けて、しっかりお稽古に励んで、たくさんお客さまに可愛がってもらえるよう頑張ってたいま」
梅ふくの女将であり、おかあさんと呼ばれる時江の言葉を、いつもと違ってみな神妙な顔つきで聞いていた。やはり元旦は特別だ。
今、梅ふくには芸妓四人と振袖芸者、そして見習いのたあぼがふたりいる。
いちばんの古株は君香で年は三十二。三味線の腕に定評があり、若い妓とは違う色香が人気の売れっ子芸妓である。ただ、すでに長い付き合いの旦那がいて、花街にほど近いところに一軒家を持ち、旦那との間にできた六歳の娘と、田舎から呼び寄せた母親と暮らし、通い芸妓となっている。
二十六歳の桃丸は横笛の名手としての誉が高く、愛嬌もあって人気はあるが、酒好きなのと男に惚れっぽいところが玉に瑕で、しょっちゅう揉め事を起こしている。ふたりは年季が明けた後も花街で働くことを選んだ芸妓である。そこに朱鷺とトンボが加わる。
芸妓になる前の振袖さんと呼ばれる琴菊は十四歳。お使いや芸妓たちの身の回りの手伝いをしつつ見習いをする「たあぼ」は、十一歳の留子と九歳の美弥である。
そこに置屋の運営や芸妓たちの管理をする「ばんば」の稲。稲はかつて女将の時江の実家に奉公していた縁で梅ふくに身を置いている。芸妓たちの行儀や言葉遣いにことに厳しく、いわば口うるさい祖母のような存在だ。そして通い女中のフミ。総勢十人の所帯である。
2024.10.26(土)