彼は言い淀んでから、上目で類を見た。
「死んだあと、曾祖母の愛用品だったこの匣に取り憑いてしまったそうです」
「ほお、なぜ妻の物に?」
「逆恨みですかねぇ」
俺は好奇心に身を乗り出す。
そのとき、匣のなかから微かな音が聞こえた気がした。
「そのうち曾祖母も死んで二人の遺品は整理されたのですが、この小匣だけはなぜか売れなかったそうで、ずっと家にあったと」
匣からは、また音がした。しかし男はまるで気に留めない。類もだ。
どうもよくない気がして、匣から離れようと近くのソファに移動した。
──う。
俺は肩をぴくりと震わせる。
──うう、ううぅぅ……。
「……ん?」
呻き声は徐々に大きくなり、類も、次いで男もやっと匣に視線を落とした。霊感があると聞こえやすいのか……俺は霊そのものだから、一番よく聞こえたようだ。
「ずいぶんと恨みがましい声ですね」
類はゆっくりと首をかしげた。男は怯えて椅子から腰を浮かせていた。
「これ、開けたらどうなるんですか?」
「と、とんでもない! 開けたことなどありませんよ。金具も錆びているようですし」
彼が指差した匣の側面には、掛け金がついていた。硬そうに黒ずんでいる。
「開けた者は呪われる、と伝え聞いております」
「ふぅん。それで今まで誰も開けなかったのですね」
類が電卓をたたき買取金額を提示すると、男はそのまま匣を売って帰っていった。珍しい、あとから振り込むことにしたということは、けっこうな値をつけたのだろう。
「さて、どうやって綺麗にしようかな」
と、言いつつ今すぐ取りかかる気はないようで、類は二階の私室へ昼食をとりに上がっていってしまった。
──ううぅぅぅ、うぐうぅぅ……うっ、うっ……。
苦しげな声……耳を澄ますと、泣いているようにも聞こえた。
──い、……どい、……ひどい……。
ねっとりした口ぶりに背中がぞわつく。もはや俺の耳には微かな呻きではなく、はっきりとした言葉が聞こえていた。
2024.10.18(金)