「すまん。霊つきだったのに、ただの匣にしてしまった」

 売り主の立会いのもと、接着剤を除去して匣を開けると、陽炎のようなものが立ち上がって、消えた。類と男にも確かに見えたらしかったが、それ以来、なにも起こらなくなったので、本当のところは確かめようがなかった。

 だが、匣からは厭な感じがまるでしなくなった。

 類は足を組み替え、背もたれに寄りかかる。

「いいよ別に。霊は消えたようだけれど。これはたぶん、ただの匣じゃない」

「え?」

「こんなに長いあいだ霊を閉じ込めていられたんだ。立派だよ」

「そうなのか?」

「うん、作り手の魂が籠っているんだ。大量生産の工業製品と違ってね、人の手が長い時間触れて作られた物には、作り手の生命力や想いなんかが乗り移るものなんだ」

「へぇ」

「そうじゃなきゃ閉じ込められたほうも、まともじゃいられなかったと思う。こう言ってはなんだけど、居心地は悪くなかったんだろうね。丁重な牢のように」

 類は目を伏せて、薄く微笑んだ。

「残念ながらいいことには使われなかったようだけれど。次はいい使い方をされるといいね。物は、使う人次第だから」

幽霊作家と古物商 夜明けに見えた真相(文春文庫 さ 78-2)

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文藝春秋
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2024.10.18(金)