マンツーマンで仔獅子を伝授
音楽に合わせて溌剌と躍動するふたつの肉体。踊りながら右近さんは、要所でちょっとしたコツや間の取り方などをとても具体的に、実例を見せながらアドバイスしていきます。
ほぼスムーズに流れていく中で、繰り返し稽古したいポイントが訪れると右近さんは自らカセットデッキを操作して重点的に伝えます。
稽古場には眞秀さんのお母様である寺島しのぶさんの姿もありました。静かに眞秀さんの様子を見守り、動画を撮影したり、小道具や鬘の準備を整えたりなどして裏方に徹しています。
眞秀さんはその動画を家で見て復習し、「言われたところをできるように」心がけて毎回の稽古に臨んでいるそう。「細かいところが難しい」と眞秀さんが話していることからもわかるように、右近さんの指導はディティールに踏み込みはじめています。
舞踊『連獅子』は文殊菩薩が住まう清涼山に、狂言師右近と左近が姿を現すところから始まります。山にかかる石橋の由来や、我が子を谷底に蹴落とし這い上がって来た者だけを育てるという獅子の伝説を、狂言師として表現する前半は手獅子を手にしての踊りです。
緩急メリハリのある振りの中で眞秀さんは「激しいところが楽しい」と話します。『連獅子』初体験となる眞秀さんは途中から実際に手獅子を用いての稽古となりました。
花道を一度引っ込んだ後、親獅子の精、仔獅子の精として現われてからは勇壮な毛振りが大きな見どころ。これも稽古で体感しないことには本番は勤まりません。眞秀さんは稽古用にお借りして来た赤の鬘もつけて練習することに。
歌舞伎俳優の子ではない、自分たちだからできること
長く歌舞伎を取材していると「歌舞伎俳優なら『連獅子』は誰もが憧れる演目」という言葉をよく耳にします。ところが眞秀さんは、この演目をあまり見ないようにしていたそうで……。
「『連獅子』は親子での上演が多く、お客様は演じる俳優そのものに作品のテーマを重ねてご覧になり二重の感動を味わうという一面があります。眞秀さん同様に僕も歌舞伎俳優の父のもとに生まれた身ではないので、自分には縁がないだろうと思ってしまう彼の気持ちは誰よりも共感できます。人が踊っているのを見ると、寂しかったり悔しかったりするから見ないようにしていたというのもとてもよくわかります」
右近さんは眞秀さんの思いを人づてに知り、眞秀さんとの『連獅子』を実現させたいという思いを強くしていったそうです。
「逆に考えれば自分はそういう境遇だったからこそ、4人の親獅子に育てていただきました。(市川)團十郎のおにいさん、(市川)猿之助のおにいさん、(尾上)松也にいさん、そしてコロナ禍だった直近の(尾上)菊之助のおにいさん、その都度多くのことを学び吸収することができたのは大きな財産です。プラスに考えれば、親が歌舞伎俳優でない者同士の自分たちだから体験できることや、また違った表現の追求へもつながります」(右近さん)
2024.08.16(金)
文=清水まり
写真=榎本麻美(稽古場)