歌舞伎座「六月大歌舞伎」で中村時蔵さんが六代目襲名披露狂言として演じているのは『妹背山婦女庭訓』のお三輪。初日から数日を経たある日、公演中の楽屋に時蔵さんを訪ねました。時蔵さんのインタビューとともに、舞台の様子や五代目中村梅枝を襲名されたご子息・大晴さんとの楽屋風景をお届けします。


思いがけずの連続の中で

 中村時蔵さんが六代目として初めて歌舞伎座の舞台に姿を現したのは2024年6月1日。その朝、時蔵さんは妙に緊張することなく、極めて普段通りに自然体で迎えたそうです。

「ところが……。舞台へ向かっている途中、ものすごい拍手が聞こえてその瞬間にぐっときてしまいました」

 それは先に花道から舞台に登場した萬壽さんに送られた拍手でした。

「父が演じている求女はそこで大きな拍手が起こるような役というか、場面ではないんです。その後に自分が出ていったらまたすごい拍手。それが劇場中に響き渡るのを直に感じてさらにぐっときて……。まったく予想外というか、思いがけないことでした」

 コアな歌舞伎ファンが多いとされる3階席から降るように広がった拍手は、1、2階席のそれと相まって何ともいえない晴れやかさと温かみを帯び、期待と喜びに満ちた劇場空間を形成していたのです。

 時蔵さんが父・萬壽さんから、時蔵の名を譲りたいという意志を告げられたのは3年前。「父は一生、時蔵のままだと思っていた」時蔵さんにとって、それ自体がまず思いがけないことでした。それゆえ自分にはまだ早いと辞退し続けたそうです。

「ですが、自分が元気なうちに時蔵を襲名させ、それと同時に孫である大晴に五代目梅枝を名乗らせ初舞台をしたいという父の意志は固いものでした。そして40年以上も慣れ親しんだ名を譲ろうという父の気持ちに感謝しなければと、思うようになっていったのです」

 娘役の大役とされるお三輪を時蔵さんが演じるのは今回が初めて。『壇浦兜軍記』の阿古屋など大役をも勤めている実力からすればもっと早くに経験していてもよさそうなものですが……。

2024.06.18(火)
文=清水まり
写真=深野未季(楽屋撮影)