夏恒例の「八月納涼歌舞伎」が歌舞伎座で開催中です。今月は『大江山酒呑童子』『新門辰五郎』に出演中の中村勘九郎さんにお話を伺い、実際の舞台の様子や「納涼歌舞伎」に対する思いをお伝えします。

あどけなく不気味なモンスターによる歌舞伎ファンタジー

 古くは絵巻物にも登場し現代ではゲームのキャラクターにもなっている鬼神を題材とする『大江山酒呑童子』。その描かれ方はさまざまですが歌舞伎版ではどのような表現となっているのでしょうか。

 まずは実際の舞台の様子から。

 鬼神退治を命じられた源頼光をリーダーとする一行がやって来たのは大江山の鬼ヶ城。夜な夜な女性の肉を食らうという酒呑童子の棲み家です。やがて花道に設けられた“すっぽん”からお待ちかねの勘九郎さんが登場!

 童子という呼称がまさにふさわしい可愛らしい姿に観客の表情が一気にほころびます。大好きなお酒を勧められての喜びよう、その声やしぐさのあどけなさは必見で、酔っていい気分になった童子が座ったまま四肢を駆使して踊るくだりはこの作品独自の注目ポイントです。

「あそこは非常に難しいところで、やはりどうしても動きたくなってしまうんです。だけどそれを封印してコア、身体の芯を意識して動いていかないと軽妙さは生まれないんです。振りだけのことでなく雰囲気を含めすべてが難しいです。

 というのも、これは50代半ばだった祖父(十七世中村勘三郎)に当ててつくられた作品。祖父はチャーミングの塊のような人だったのですが、その中に漂う不気味さは独特ものがありました。経験を重ね、一生追求していきたい踊りのひとつです」

 勘九郎さんが酒呑童子を初役で勤めたのは6年前。3回目となる今回は「兄の酒呑童子が大好き」だという弟の中村七之助さんの勧めもあったと聞いています。

 実際に舞台を目にすると七之助さんが推すのも納得。酔いゆえの足取りの乱れを楽しく見せてくれたり、得も言われぬ表情で観る者に心躍る瞬間を味わせてくれたり。そんな酒呑童子の隙を伺いながら攻撃のチャンスを狙っているのは頼光一行です。やがて外見とは裏腹の、それゆえの不気味な鬼としての実体が酒呑童子に漂い始め……。

 一度引っ込んだ後の再登場シーンがまた歌舞伎ならではの味わいに満ちています。モンスター然としたビジュアルの変化や立ち居振る舞いの迫力、余裕たっぷりにゆったりとした間で繰り広げる立廻りなどをおおらかに楽しみたいものです。

「ヒーローである頼光、独武者といわれる平井保昌、それに四天王の6人編成によるモンスター退治を歌舞伎のファンタジーとして楽しんでいただきたいと思います。平井保昌は(松本)幸四郎さん。四天王や(前半と後半をつなぐ部分である)間狂言にはこれからの歌舞伎を担っていく次世代のメンバーが出てくれています。それが何よりうれしく思います」

2023.08.23(水)
文=清水まり