中村橋之助さん、福之助さん、歌之助さんご兄弟が中心となっての自主公演「神谷町小歌舞伎」の記念すべき第一回の公演が2023年6月30日(金)~7月2日(日)に浅草公会堂で行われました。

 盛況のうちに閉幕し次回開催への期待が膨らんだ公演の様子をレポートします。


歌之助の思い溢れる『弁天小僧』と兄弟の絆

 「ご挨拶」の幕が開くと金屏風をバックに姿を現したのは中村橋之助さんです。語られたのは、コロナ禍におけるステイホーム中にこの公演を思い立った経緯や実現に至るまでにご尽力くださった方々への感謝の気持ちで、その姿に橋之助さんのまっすぐな思いが滲みます。

 暗転の後にバトンタッチされたのは中村芝歌蔵さん、中村橋三郎さんでこれから上演される演目についての解説となり、フレンドリーな雰囲気に会場が和んだところで『弁天娘女男白浪』の開幕となりました。

 主役の弁天小僧を勤めるのは中村歌之助さんで、年齢的なキャリアの差から役を演じる機会の少ない歌之助さんが演りたいものを上演しようという、兄ふたりの思いから決まった演目です。「浜松屋見世先の場」が始まり、美しい娘姿で花道から現れた歌之助さんは身にまとう雰囲気が役に馴染んでいて、すでに何度か目にしたような気がするほど。

 兄貴分である南郷力丸を演じる中村福之助さんもまた役の設定そのままの関係性で当然のようにそこに存在し、弁天と南郷のやんちゃな日常を想像させられます。

 尾上菊五郎さんに憧れ、菊五郎さんご本人から直にご指導いただいたという弁天小僧。何気ないしぐさや小道具の扱いなど一挙手一投足に歌之助さんのこの役に対する思いの深さが表れます。

 武家娘と供の侍のふりをして呉服店「浜松屋」に現れた弁天小僧と南郷は、ちょっとしたトリックで店の者を騙しそのクレームでゆすりを働くというストーリー。

 うまくいったと思った矢先に奥から現れた侍に男である正体を見破られ、居直る弁天小僧の「知らざあ、言って聞かせやしょう」に始まるせりふが有名な作品です。耳に心地よい七五調のせりふの響きや娘姿から不良少年の本性を発揮する変化が大きな見どころとなっています。

 幼いころからこのせりふを何度も口にしてきたであろう歌之助さん、大勢の観客の前でついに披露する日が訪れた幸せを全身で受け止めているかのようにも見えました。その瞬間は観客にとって歌之助さんの大切な一歩に立ち会えた喜びでもあり、この後も末長く見続けるほど味わいが増す歌舞伎特有の愉しみにもつながります。

 正体を見破った侍は実は〝白浪五人男〟という盗賊団のリーダー・日本駄右衛門で、演じているのは橋之助さんです。弁天と南郷もその仲間で駄右衛門が危機を救って店の者を信用させ、もっと大きな仕事をしようという計画なのです。

 つまり3人の登場人物は芝居の中で芝居をしているわけで、年齢の近い3人が繰り広げるそれは本気と演技が交錯する中に緊張感が漂い、年配のどっしりした駄右衛門を交えての場面とはまた違った臨場感がありスリリングな雰囲気を醸し出し新鮮な味わいとなっていました。

 中村梅花さんの浜松屋主・幸兵衛、中村橋吾さんの番頭・与九郎、中村橋光さんの鳶頭と適材適所の配役ががっちりと脇を固めて芝居を盛り上げ、「稲瀬川勢揃い」の場へと続きます。解説を担っていた芝歌蔵さんと橋三郎さんが忠信利平と赤星十三郎として加わり、錦絵のような華やかさの中で幕となりました。

2023.07.28(金)
文=清水まり