初代国立劇場にとって最後の歌舞伎公演となったのは9、10月連続上演の『妹背山婦女庭訓』。現在上演中の第一部で、ロミオとジュリエットにもしばしば例えられる恋人同士を演じているのが中村梅枝さん、萬太郎さんご兄弟です。おふたりのインタビューと実際の舞台の様子をお届けします。

日本人の心に刺さる美学、稀有な場面も上演

 大化の改新の頃を時代背景とするこの物語で、梅枝さんが演じる雛鳥と萬太郎さん演じる久我之助は、親同士が敵対する間柄にあるとは知らず出会った瞬間に恋に落ちます。その純粋な恋がある結末を迎えるのがクライマックスとなる三幕目「吉野川の場」です。

「単独で上演されることの多い『吉野川』には献上の美学が色濃く流れているのを感じます。親子の関係性、恋仲となった相手への思いが、吉野川に隔てられた両家でそれぞれに展開していくのですが、複雑に絡み合った心情が美しく昇華していく……。非常に日本人らしい美学が色濃く出ている、歌舞伎らしい作品で、今を生きる日本人の心にも刺さるのではないでしょうか」(梅枝さん)

 今回の舞台では、雛鳥と久我之助が出会う「春日野小松原の場」、絶大な権力を手にした蘇我入鹿に雛鳥の母・定高と久我之助の父・大判事清澄が難題をつきつけられる「太宰館花渡しの場」が「吉野川の場」の前に上演されるため、非常にわかりやすい構成となっています。

「ですから大判事と定高が『吉野川』でなぜ桜の枝を手にして両花道から現れるのか、久我之助に関して言えば切腹という決断をしなければならない理由が実感としてよくわかります」(萬太郎さん)

 さらに言葉を続けます。

「久我之助は主君を守るために死を選ぶのですが切腹に何の躊躇もありません。それまで大判事は息子をまだ子供だと思っていた部分があったかもしれません。あの決意と行動をもって父に認められ男として対等になれた、久我之助にはそんな思いもあるのではないでしょうか。現代人の感覚では理解しきれない部分はあると思いますが、そういう考え方が尊ばれていた時代の、芯の通った男の生き様をお見せできればと思います」(萬太郎さん)

 一方の雛鳥はというと、やはり死を選びます。しかも自ら首を定高に差し出して討たれるという結末。そこに至るまでには母娘の葛藤があり梅枝さんの最初の発言につながるのです。

2023.09.16(土)
文=清水まり
撮影=佐藤 亘