この記事の連載

6年前と同じ香水の匂いが…

 それからさらに3年後。その時期、伊藤さんは左耳の調子が悪く、何かがつまっている感じで聞こえにくくなっていた。

「明日は休日だから耳鼻科もやってないなあ」

 自宅で座イスに座りながらそんなことを考えていると、いつの間にか眠りに落ちていた。

 数時間経ち、ふと目を覚ますと、部屋の電気をつけっぱなしだったことに気づく。

「あぁ、電気消さなきゃ」

 そう思って立ち上がろうとすると、突然視界に髪の毛がファサッと入り込んだ。

「あの時の女だ」

 伊藤さんは瞬時に6年前の防災センターを思い出した。あの時と同じで、香水の匂いがして、体がまったく動かない。女は伊藤さんの左耳にフー、フーと息を吹きかけてきた。そのまま伊藤さんは意識を失うように眠りについた。

 朝、目覚めると、左耳の違和感がなくなっていた。

 いまでも家や職場で時折、フワッと香水の匂いが漂うことがある。

 そのたびに「まだいるな」と思いながら仕事を続けている。


松原タニシ氏が厳選した怪談を100話収録した『恐い怪談』から抜粋。

恐い怪談

定価 1,650円(税込)
二見書房
» この書籍を購入する(Amazonへリンク)

松原タニシ(まつばら・たにし)

1982年、兵庫県出身。松竹芸能所属のお笑い芸人。事故物件に住み続ける"事故物件住みます芸人"として知られる。YouTube「松原タニシch」「松原タニシのぞわぞわチャンネル」を運営。ラジオレギュラー番組に「松原タニシの生きる」(ラジオ関西)、「松原タニシの恐味津々」(MBSラジオ)などがある。『事故物件怪談 恐い間取り』(二見書房)がベストセラーとなり、著者累計40万部を誇る。
X:@tanishisuki

← この連載をはじめから読む