この記事の連載

 怪談界きってのストーリーテラーであり、著者累計の売上は40万部を突破した松原タニシ氏。この夏上梓した『恐い怪談』(二見書房)は、タニシ氏が取材を重ねた実話怪談から選りすぐりの100本を構成して書き下ろしたもの。

 お盆だもの、タニシさんの珠玉の怪談で涼しくなってみませんか? 6日目は、タニシさんがSさんという方から聞いたというお話、「跨ぐ家」をどうぞ。


跨ぐ家

 Sさんは十歳のときに田舎の山間部の一軒家に引っ越してきた。家は新築で、山側にある集落とは少し離れた場所に建てられた。1階に祖父母が住み、Sさんは両親と妹と2階に住んだ。周りを見渡すと山と畑しかないような土地だ。

 新生活を始めてすぐ、庭に花を植えようと家族で庭づくりをした。土を掘り返すと、とんでもなく大きな石がゴロゴロ出てきた。

 ある日の夜、寝ていると自分の上を人が跨いでいくのが見えた。ひとりではなく、山の方角からたくさんの人が跨いでいく。最初は夢かと思ったが、妹も母親も同じように夜、人が跨いでいくと言いだしたので、夢ではないんだなと思うようになった。

 また別の日の夜、自室のベッドで横になっていると、部屋の入口に女の子が立っていることに気づく。自分より年下の女の子だ。

 Sさんはびっくりするよりも先に、つい声をかけてしまった。

「何やってるの? こっちおいでよ」

 すると女の子はするりと部屋に入ってきた。

 “私、なんで声をかけちゃったんだろう……”

 自分が招き入れたものの、どうやってコミュニケーションを取ればいいかもわからない。Sさんは女の子が視界に入らないように目をつむり、そのまま眠りについた。

 朝になると女の子の姿はなかった。

 高校生になると、窓の外から名前を呼ばれるようになった。絶対に返事をしてはいけないと思って、気づかないふりをして勉強を続けた。

 とにかく山と畑しかない窓の外の世界に畏おそれを感じた。

 妹は自室の窓を黒い布でおおっていた。窓から見知らぬ人の顔が覗いてくるから、見えないようにするためだった。

2024.08.15(木)
文=松原タニシ
写真=志水 隆