この記事の連載
- 松原タニシ『恐い怪談』インタビュー 前篇
- 松原タニシ『恐い怪談』インタビュー 後篇
「事故物件住みます芸人」として知られ、怪談イベントにも引っ張りだこの松原タニシさんが、待望の新著を上梓した。
その名も『恐い怪談』(二見書房)。これまで多くの怪異に触れ、語ってきたタニシさんが、正面から「怪談」に取り組んだ意欲作だが、なぜ今改めて「怪談」なのか?
今作の執筆に至る経緯から聞いてみた。
真っ向から「恐い怪談」に取り組んだ
――新著のタイトル=テーマを『恐い怪談』とした意図を聞かせてもらえますか。「恐い」と「怪談」、2つの言葉の重複がそこはかとなく不気味です。
2012年からテレビ番組の企画で事故物件に住み始めて、その体験や、人から聞いた不思議な話をそのまま書き、話してきました。でも、真っ向からの怪談って、あまりしてこなかったんじゃないかなと思って。結果的に恐いと思ってもらえることはありましたが、自分自身では、そこまで強く「恐さ」を意識していなかったんですよね。
ただ、「恐い」というのは主観なので、その人のバックボーンや生き方によって何を恐いと思うかは違ってくるし、子どものころにすごく恐かったものが、大人になると全然恐くなくなったり、逆に大人になってから気づく恐さもある。
自分でも気付かなかった思い込みや妄想、他者の誘導などを排除して、それでも成立する恐い怪談ってどんな話なのか、興味があるんです。そういう意味で『恐い怪談』は、自分にとって何が「恐い」「怪談」なのかを探す旅路のような本になりました。
そもそも最初は、旅がメインの本を書こうと思っていたんですよ。旅行記の途中にちょこちょこ恐い話が入ってくるような本をイメージしていたんですが、それを“思考の旅”みたいな感じにできたら面白いかもしれないと思って。
1話から100話まで、いろいろなタイプの“恐さ”を巡って帰って来る旅。普通の旅のように、元の場所に帰ってこられるかどうかはわかりませんが。
――帰る場所が事故物件という人もいますしね。本には全100話の実話怪談が収録されていますが、百物語を意識したのでしょうか。
百物語(※すべて語り終えると怪異が起こるといわれる)のフォーマットといえばそうですが、100という数字はある程度まとまった数というだけのことで、深い意味はありません。読み方や読後のことはすべて読者に委ねたかったので、あえて投げっぱなしにしています。話のチョイスや構成は、もちろん意図したものですが、気にせず読んで欲しいです。
恐怖をひとつずつクリアする怪談クエスト
――執筆で力を入れたこと、あるいは苦労したことは?
100話ってそれなりの量があるのですが、書くのが大変だったというよりは、どの話を選び、どういう順序で並べるかについてすごく悩んだし、時間をかけて考えました。ひとつひとつの恐怖をクリアしながら、恐さの本質を掘り下げていき、100話目で「恐い怪談」が完成するという本にしたかったので。
――読み進めていくと、事件性のある話、おかしな言い伝えや因習、幽霊なのか妖怪なのか、神様なのかよくわからない存在、祟りや呪い、常識が通じない恐怖など、世の中にはこんなにもいろいろ種類の恐い話があるのかと驚きます。
そう感じてもらえたらうれしいです。1話1話が別の話なのでどこから読んでも構わないのですが、最初から順に読んでもらうと、僕の頭の中の「恐いってなんだろう、怪談ってなんだろう」を探る旅を追体験できると思います。第1話と第100話は、僕の中では対になっている話なんですよ。
2024.08.10(土)
文=伊藤由起
写真=志水 隆